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『ああ神様、恨みますって、心の底から思ったよ…』
人の生活に適さなくなったこの星から、数多のロケットが発射されもう半年も経つ。
ロケットからあぶれてしまった人間は、日々過酷になる生活に堪えながら最後の時を待っている。
ある者は絶望し自ら命を絶った。
またある者は自棄になり他を殺傷してまわった。
そうして暫くは色々と騒がしくしていたようだが、今となっては他に糧を与えんと死ぬ者、他を糧にしてでも生きる者は少ない。苦しむ時間が長くなるだけという事実は誰言わずとも共有された。
いっそ穏やかに済むうちに絶えてしまうべきと、私などは考えてしまうのだが、不思議な事に昨日まで死を免れた者達は、今日も飽くことなく苦痛にあえぎ続けている。
その現象に相当する言葉を私は持たない。
仕方なく『信仰』という言葉を充てる。
死した後に幸福を得る予定だそうだ。なれば私が理解出来ないのも当然である。私は停止するだけ、死も幸福も持たざる存在なのだから。
とにかく、それが彼等にとって最後のトリガーを引かない理由。
私の理由は彼から与えられた命令ただそれのみである。
『何故この様な困難をお与えになるのでしょうってさ…』
彼からの手紙は幾度となく見返す。確認のためである。私はまだ、私を継続しているようだ。
彼が遺した命令、その実行を私は模索し続けている。
『赤ん坊が糞便を服の中に垂らすんだ。その後決まって泣きじゃくる。驚くよ。マニュアルを読んで対応するんだけど、君みたいに上手に出来ない。この間ついに臀部に発疹ができた。ああ、君が居てくれたら完璧だったのに…』
日が変わる直前に届いた手紙には、弱りきった彼の顔が映っていた。しかしその言葉とは裏腹に声は明るい。
ロケットは安定さえしてしまえば仕事は減り、艦内の保守点検を除けばあとは自由という、つまるところ暇になる。
子育てというプリミティブな行動を楽しんでいるのだろう。あと2年もすれば彼の子供もコールドスリープに耐えられるまで成長する。その際には彼の手紙もきっと途絶える。それまで彼は、子供の臀部に出来た発疹に辟易としながらも、そのケアを放棄する事はないだろう。
私が介在せずとも人は出産し、子は育つ。本来そこに私の仕事などないのだ。
残酷な事だが幾らかは死ぬだろう。しかしそれこそが自然。当たり前を克服し過ぎた結果、人はロケットに乗らざるを得なくなった。
『この子が生きれる場所を、大地を踏ませてやりたい。こんなツルツルな床じゃ味気ないよ。この子は新しい人類史の1番はじめに書かれるんだ』
個体毎に個体毎の価値が異なるのは遺伝子を持つ存在ならではである。増やし遺すという方法を採用してからただの有機質に自己というものが宿った。
『君に言うのもなんだが、こんなに素敵な行為を何故機械に任せていたんだろう。見てくれ、この子が生きているんだ。とても素晴らしい気持ちになるよ』
彼はもはやロケットからあぶれた生命を省みない。
鈍麻と忘却こそ、生命の存続に不可欠な美徳である。
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