0人が本棚に入れています
本棚に追加
魔女の森の大きな桜の木
とても乱暴で、何でも壊してしまう王子は、魔女の森の、大きな桜の木に登り、一枝を折ってしまいました。
桜の木を傷付けられて、怒った魔女は、王子に呪いをかけました。
「お前は、壊れたものにしか触れない」
途端に王子は、冠も、服も、下着さえ、足元に落ちて、靴も、靴下も脱げて、丸裸になってしまいました。
なぜならば、王子の冠も、洋服も、下着も、靴下も、靴も、国一番の職人たちに丁寧に作られて、毎日、召使いたちに、美しく磨き上げられ、清潔に洗われていたからです。
壊れたものにしか触れない王子の体からは、滑り落ちてしまうに決まっています。
満開の桜を見に来ていた国民たちは、丸裸の王子を指差して、笑いました。
宝石がところどころ抜けて、ひん曲がった冠。
ボタンとボタン穴の数が合っていないシャツ。
刺繍も、縁飾りも、途中でやめた上着。
お尻を縫い合わせていないズボン。
端切れを縫い合わせた下着。
穴の開いた靴下。
爪先が破れた靴。
そんなものを職人たちは、王子のために作りました。
召使いたちは、冠も靴も、磨き上げるのをやめて、洗濯も、何日かおきにしました。
王子が壊れたものにしか触れないのだから、仕方ありません。陰では、そんなことになってしまった王子を、笑っていました。
壊れたものしか触れない王子は、美味しい物を食べることもできません。
欠けた食器、くすんだスプーンやナイフやフォークで、味も見た目も、わざとまずく作られた食事を食べました。
お城の台所で、料理人たちは笑いながら、王子のために、まずい料理を作っていました。
毎日、町へ出かけては、何かを壊して、困る人たちを見て、笑っていた王子は、お城に閉じこもるようになりました。
そのころ、王妃が、第二王子をお産みになり、喜び合う国民たちは、第一王子を町で見かけなくなったことを気にもしませんでした。
さて、一年が過ぎ去り、魔女の森の大きな桜の木も、満開です。
見上げるみんなの笑顔に、はらはらと、花が散ります。
そのうちのひとひらが、風に乗り、お城の自分の部屋に閉じこもる王子の目の前に、やって来たのです。
王子は、手のひらを差し出しました。
ひとひらは、壊れたものしか触れない王子の手のひらを通り抜けて落ちました。
花は枯れて、散るのではないのです。時が満ちて、散るのです。
王子は、桜の花が大好きでした。
大好きだから、お腹に赤ちゃんがいて、花を見に行けない母君に見せたくて、桜の木に登り、枝を折ったのでした。
言ってしまえば、母君まで魔女に怒られると思って、王子は言い訳をしなかったのです。
はらはらと、花の散るように、王子は涙をこぼして、泣きました。
魔女に呪いをかけられた王子は、自分の周りに当たり前にある物は全部、誰かが作ってくれた物で、誰かがキレイにしてくれていたことを知りました。
それを知らなかった自分は、いたずらに物を壊して、困る人を見て、笑っていた。
王子は、今は、思うのです。
母君に見せるためだったとしても、桜の一枝を折ってはいけなかった。
「来年は、いっしょに見ようね。赤ちゃんも、いっしょに。」
母君と約束すればよかったんだ。
最初のコメントを投稿しよう!