魔女の森の大きな桜の木

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魔女の森の大きな桜の木

 とても乱暴で、何でも壊してしまう王子は、魔女の森の、大きな桜の木に登り、一枝(ひとえだ)を折ってしまいました。  桜の木を傷付けられて、怒った魔女は、王子に呪いをかけました。 「お前は、壊れたものにしか触れない」  途端に王子は、冠も、服も、下着さえ、足元に落ちて、靴も、靴下も脱げて、丸裸になってしまいました。  なぜならば、王子の冠も、洋服も、下着も、靴下も、靴も、国一番の職人たちに丁寧に作られて、毎日、召使いたちに、美しく磨き上げられ、清潔に洗われていたからです。  壊れたものにしか触れない王子の体からは、滑り落ちてしまうに決まっています。  満開の桜を見に来ていた国民たちは、丸裸の王子を指差して、笑いました。  宝石がところどころ抜けて、ひん曲がった冠。  ボタンとボタン穴の数が合っていないシャツ。  刺繍(ししゅう)も、縁飾(ふちかざ)りも、途中でやめた上着。  お尻を縫い合わせていないズボン。  端切(はぎ)れを縫い合わせた下着。  穴の開いた靴下。  爪先が破れた靴。  そんなものを職人たちは、王子のために作りました。  召使いたちは、冠も靴も、磨き上げるのをやめて、洗濯も、何日かおきにしました。  王子が壊れたものにしか触れないのだから、仕方ありません。陰では、そんなことになってしまった王子を、笑っていました。  壊れたものしか触れない王子は、美味しい物を食べることもできません。  欠けた食器、くすんだスプーンやナイフやフォークで、味も見た目も、わざとまずく作られた食事を食べました。  お城の台所で、料理人たちは笑いながら、王子のために、まずい料理を作っていました。  毎日、町へ出かけては、何かを壊して、困る人たちを見て、笑っていた王子は、お城に閉じこもるようになりました。  そのころ、王妃が、第二王子をお産みになり、喜び合う国民たちは、第一王子を町で見かけなくなったことを気にもしませんでした。  さて、一年が過ぎ去り、魔女の森の大きな桜の木も、満開です。  見上げるみんなの笑顔に、はらはらと、花が散ります。  そのうちのひとひらが、風に乗り、お城の自分の部屋に閉じこもる王子の目の前に、やって来たのです。  王子は、手のひらを差し出しました。  ひとひらは、壊れたものしか触れない王子の手のひらを通り抜けて落ちました。  花は枯れて、散るのではないのです。時が満ちて、散るのです。  王子は、桜の花が大好きでした。  大好きだから、お腹に赤ちゃんがいて、花を見に行けない母君(王妃)に見せたくて、桜の木に登り、枝を折ったのでした。  言ってしまえば、母君まで魔女に怒られると思って、王子は言い訳をしなかったのです。  はらはらと、花の散るように、王子は涙をこぼして、泣きました。  魔女に呪いをかけられた王子は、自分の周りに当たり前にある物は全部、誰かが作ってくれた物で、誰かがキレイにしてくれていたことを知りました。  それを知らなかった自分は、いたずらに物を壊して、困る人を見て、笑っていた。  王子は、今は、思うのです。  母君に見せるためだったとしても、桜の一枝を折ってはいけなかった。 「来年は、いっしょに見ようね。赤ちゃんも、いっしょに。」  母君と約束すればよかったんだ。
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