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火星型インフルエンザ
病院に運ばれている間に、スズカはこの25年間に起こったことを頭の中で再生していた。
看護アンドロイドが、スズカの顔を見、声を出す。
「糖質が足りなく、ご気分がすぐれないように思えます。ブドウ糖の摂取をお勧めいたします」
好きな声優の声がインストールされていたため、好感が持てた。
男性型アンドロイドに、
「何でもいいからジュースを持ってきて」
と頼む。危険な任務に従事したのだ。このくらいのワガママは許されるだろう。
アンドロイドは一礼して、キッチンフロアへと消えていった。
「バナナジュースでございます。80キロカロリー。糖尿病予防の観点から、3杯以内を推奨いたします」
「ありがとう」
スズカはそう言って、再生プラスチックの容器を受けとった。一口飲むと、濃厚な甘味が口いっぱいに広がった。
こんな世界になったのは、人類の技術革新の他に、火星型インフルエンザの蔓延と、ワクチンについての重大な副反応がある。
インフルエンザウイルスは、ヒト以外にも、ブタやトリも感染する。そのウイルスが人間に感染するインフルエンザのRNAに組み込まれると、新型インフルエンザとして猛威を振るうことになる。
しかし人類もバカではない。ヒト以外の、ブタやトリのインフルエンザの遺伝情報を事前に解析し、プレパンデミックワクチンと、パンデミック時の切り札となるウイルス蛋白阻害薬を開発していた。
ところが、病原体は思わぬところからやってきた。
アルテミス計画が成功し、訓練を受けた、富裕層、という付帯条件があるにせよ、人間は月に移住し始めた。
しかし、月は空気が無い上、狭い。
そこで今度は、地球の双子星、火星に進出しようと試みた。以前の探査で、火星では水が存在していたこと、原始的な生命の痕跡があったことなどから、移住が有力視された。
南極にある基地のように、火星にも様々な国や研究機関の基地が建設され、火星を地球型環境へと変えるプロジェクトが始まった。プロジェクトの開始により、地球と火星への物資のやりとりが急増した。
その地球行きの物資の中に、火星由来のインフルエンザウイルスのRNAが一本、紛れ込んでいたのだ。
インフルエンザウイルスは、8本の分節したRNAから構成される。8本がランダムに混ざり合い、人間に感染するようになるとパンデミックが起こる。
考え方は単純だ。たとえばポーカーで、最初からロイヤルストレートフラッシュができる。麻雀で天和ができる。究極に運があったと思えばよい。
世界保健機構は、地球由来のインフルエンザウイルスには万全の備えをしていたが、火星からウイルスの遺伝子がもたらされるとは思ってもいなかった。
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