4

2/2
前へ
/16ページ
次へ
 そんな、のどかなある日のことだった。  密会所に急いで駆けてきた人狼の髪に、からかうような目つきの娘が、手を伸ばした。 「どこに顔を突っ込んだの。花が絡みついてるわ」  笑いながら取った赤い花を、指先でくるりと一度回したあと、娘は鼻を近づけた。 「いい香り。この花の色、好き」  人狼には、花の色は分からなかった。色覚が犬と同じで、色の区別がぼんやりとしかつかなかったからだ。  だが、形と匂いは覚えた。  だからその花を見つけては、娘に会うときにはそれを摘んで持っていくようにした。  そうやって、夏が過ぎ、秋が過ぎ……。  老婆が言った、『この流れ者が去るとき』は一向に来なかった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加