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Ⅰ 幻の村
早く、早く
自分を急かすように頭はそう思うのに、身体は意に反して動かない。それでも這うように森の中を進んだ。
着ていたドレスの裾は邪魔だったので、途中で破り捨てた。
君の笑顔とよく合う色だと、つい先日婚約者が贈ってくれたものだったのに。
……どのみちドロドロになって、もう着れたものではなかったが。
それにしても、こちらで合っているのだろうか。
頼れるのは自分の知識と、母の言葉だけだ。
いつもは鷹揚な母の必死な顔を思い出す。
あんな顔は初めて見た。
「針森に行きなさい。そこでランという人を頼って」
兵士たちの怒号。「妃と公女を探せ!」という声が二人の耳にも届いた。母は娘の手首をきつく掴み、くっつきそうなほど近くに顔を寄せ、押し殺した声で言った。
「ラン様に会うまでは、誰も信じては駄目よ」
母にそう言われて、自分は為すすべもなく、穴の中に押し込まれたのだった。
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