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「俺、薬師なんだよ。天気が悪かったけど、どうしても必要な薬草があって森に入っていたんだけど、そしたら、あんたが木に引っかかっていてね。意識もなかったし、だいぶ体が冷えていたから、ちょっと危なかったよ。だからとりあえず体温上げるために、濡れた服を脱がして体を乾かしたんだ。替えの服を着せようかと思ったけど、その方が身体を触っちゃうから、嫌がるだろうと思って。代わりに枯れ草をいっぱいのせて温めた。だいぶ身体があたたかくなっただろう?」
「……服を下さい」
消えるような声で彼女がそう言うと、男は「うん?」と首を傾げた。聞こえなかったらしい。
「着るものを、下さい!」
恥ずかしさのあまり思わず叫ぶと、男は笑って奥に服を取りに行った。
……なんなの、あの男。
あの男のおかげで命が助かったことは分かる。確かに身体は温かくなっていた。
温かくなったと実感した今では、あの時の自分の身体がどんなに危険な状態だったか分かる。感覚が麻痺していたのだろう。
あのまま意識を失っていたら、多分死んでいた。
何が起って、あんなことになったのかも、分からないままで。
それだけは絶対に嫌だった。
男はすぐに戻ってきた。手に服を持っている。飾り気はなさそうだが、少し黄色がかった白っぽい布地だった。
「ああ、これこれ。これなら、着れるんじゃないかな。着てみてよ」
そう言って服を渡すと、さっさと奥に消えていった。
しばらくポカンとして、ああ、服を着るから、外してくれたんだと、やっと気が付いた。
慌てて服を着る。
服はいつも着ているものよりは柔らかくなかったが、清潔で気持ちの良いものだった。
少し大きかったが、着られないことはない。一緒に渡された紐を腰で縛ると、しっくりときた。
服を着ると、とりあえずホッと息をついた。
何も身に纏っていないというのは、恥ずかしさももちろんあるが、単純に自分を弱くする。
さて、どうしようか。
先ほどは動転して、周りをよく観察できなかった。
狭いと思っていた小屋は、奥まで部屋が続いているようで、案外広いのかもしれない。
嗅ぎ慣れない匂いは薬草の匂いだろう。男は薬師と言っていた。
ということは、村まで無事にたどり着いたのか。あの隠された村に。
彼女はかけてあった布をたたみ、そろそろと立ち上がってみた。恐る恐る歩いてみる。
身体は痛いし、多少ふらつくが、動けないことはない。
……誰も信じては駄目よ。
母の声が脳裏をよぎるが、さりとて、何もしないわけにはいかない。情報を得なければ始まらない。
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