Ⅲ 激流

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 先の王が崩御した折、苛烈な後継者争いが起こった。先王が後継者の指名をしていなかったのだ。皇太子は一応いたのだが、この巨大な帝国を統べるには矮小な人物で、後ろ盾も弱かった。  皇太子はあっさりと騒動の内に殺され、空の玉座を巡って、全一族内で血を血で洗う争いが起こった。  当時、先々代の王の私生児として、王族の血筋ではあるものの、ほとんど問題視もされていなかった炎は、公国との戦争の為、国を離れていた。  そこから王宮の玉座に坐ることになったのは、炎の母も王族の私生児であったことが明らかにされ、さらには炎が敵を倒しながら首都に迫る際、地方の有力者たちを味方につけていったからである。  王宮にたどり着いた頃には、その味方は膨大な数に膨れ上がっていたという。  王になった炎は、まず、自分の敵を粛清した。それはつまり、全一族の主な家系のほとんどである。王宮の要職のほとんどを身内が占めているという、腐敗した政治を根幹から正す意図もあった。それは概ね、成功した。  だが、全という氏族の名前は残ったものの、その中身はほとんどいないという、形骸化した一族に落ちてしまった。  生き残った傍系の全は、中央の目に触れないように、ひっそりと暮らしている。  彼らが公国と交流することは、禁止されたことではない以上、咎める(すべ)はない。  王家以外の全は、地方で小さな町や村の役人をしている者が多い。戦後、そこに飛ばされたわけではなく、そのくらいの者たちしか、生き残っていないのだ。  もともと野心なく、つつましやかに暮らしていた者たちなので、中央に向かって大それたことをするとは思えなかった。 「あの者たちには、何かを企てる力はない」  炎は冷たく断じた。  後の禍根の種を残さない為に、粛清したわけではない。あの戦では、全の一族に炎の味方はいなかった。皆が皆、炎を抹殺しようと襲い掛かってきた。残ったのは、それにすら参加できなかった末端の者だ。 「しかし、忘れられた全一族の中で、誰かを担ぎ出そうとしているのかもしれませんぞ。もし、そうで……」  崑の当主が更にそう言うのを、炎は鼻で笑って遮った。 「そんなのを探し出して担ぎ出すより、玉座を簡単に狙える方法があるだろう」  ビリッと室内に、再び電流が走った。  確かに細々と暮らす全の中で、確率の低い後継者を探すより、手っ取り早い方法がある。  何も、全の者が王族でなければならない法があるわけではない。  氏族の誰かがクーデターを起こせばいい。 「……」  崑の当主は黙って、遮られた続きを言おうとはしなかった。 「陛下」  代わりに、遜の当主が口を開く。 「そのようなこと、軽々しく口にしてはなりません。我々は陛下の(しもべ)です。陛下が君臨なさっておられるからこそ、この国は豊かなのです」 「先に言い出したのは、崑だぞ」  不機嫌な顔で炎が言うと、崑の当主は頭を下げた。 「わたしの浅慮でした。申し訳ございません」  茶番だと呆れつつ、それにのっかっている自分が面白いと思ってしまう。  崑も遜も、炎が王だから国が豊かだとは少しも思っていないだろう。  だが自分たちが王族になるより、このバランスの方が自分たちにも利があると思っている。だからあの戦いの折、全の混乱に乗じるのではなく、炎の味方をした。  そして炎自身も、四大氏族のバランスが崩壊すれば、国自体が危うくなると分かっている。だから、王族を凌駕する崑や遜の存在を甘んじて受け入れているのだ。 「允はどうだ?」  炎はあれからずっと黙っている允の当主に水を向けた。  何か考え事をしていたのか、允の当主は驚いて炎の方を向いた。 「お前の所は薬草を主に扱っているだろう。何か聞いていないのか」  允の当主は何故か一瞬ポカンとし、慌てて首を激しく横に振った。 「いえっ。なにも、何も聞いておりません」  口ごもった允の当主の後に、一瞬だけ他の三人の間で妙な沈黙がおりた。 「そうか、分かった」と炎が頷く。 「では、皆、カエルムの行方に注視してくれ。あれは必ず厄災になる。先日の、アウローラ公国の襲撃事件にも絡んでいるかもしれない」  三人の当主たちは(こうべ)を垂れ、「御意」と低い声で言った。  崑の当主が顔を上げ、炎に向き直る。 「そういえば、大公の引き渡しはどうなりましたか」  大公の身柄を引き渡すと公国側から申し入れがあったのだが、それ以来音沙汰なしだ。 「まだ何も。今、探らせている」  炎が答えると、崑は困ったようにため息をついた。それは公国に対してなのか、まだ結果を引き出せていない炎に対してなのか分かりかねるものだった。 「うちの手の者を貸しましょうか?」  崑の当主がそう言うのを、炎は笑って拒んだ。 「大丈夫だ。手練れを行かせている」 「承知しました」と崑の当主は再び頭を下げた。
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