Ⅲ 激流

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 ナナライに妻子はいない。厄介事を四方八方から持ち込まれるので、妻など持てないといつもぼやいている。  確かにそれは事実で、こればかりは気の毒という他ない。  凛は「ありがとう」と笑顔で言うと、躊躇することなく、ごくごく喉を鳴らして水を飲んだ。  昂が驚いたくらいなので、ナナは驚愕し、自分が出したにもかかわらず、カップを取り上げた。 「リン様!不用心すぎます!」 「あら?毒が入っているの?」  余裕で聞き返す凛に、「まさか!」とナナは青筋を立てた。 「ナナだからいいわよ。喉がカラカラだったんだから」  昂はやれやれと二人を見ながら、自分もカップの水を飲んだ。乾ききった喉に水が通り抜けるだけで、生き返るようだった。  実は凛が昂と行動を共にするのは、これが初めてではない。もっと言えば、昂の師匠である(りょう)、針森から一緒に出てきた(さい)も一緒だ。  昂、良、彩は普段から商人として、主にガザ帝国を中心に各地を回り、商いをしている。それも、もう六年になろうとしている。  ところが最近、その商団というにはあまりにも小ぢんまりした三人のところに、なぜか国の王妃凛が乗り込んでくることがあるのだ。  ありのままの民の様子が見たい。  それが王妃のお言葉であり、王も認めていると一筆書いたものまで持ってきたので、昂たちも断るわけにはいかなかった。  だが、最近、その目的も本当か怪しいと思い始めている。もちろん、嘘とは言わないが、それが目的の全てではないように思うのだ。  それはともかく、カップの水を美味しそうに飲み干すのを、ナナは諦めたような表情で見届けると、「それで」と促した。 「わざわざこんなところまで、おいでになったのは、アラン様がここにおられると思われたからですか」  ガザ帝国を襲撃したとされるアウローラ大公は、未だに見つかっていない。 「それでしたら、残念ですが…」 「もちろん、そんなこと思っていないわ」  凛はナナの言葉を遮って、明るく言った。 「アランが馴染みであるあなたのところにいたら、わたしたちでなくても、すぐに分かって、探しに来るわ」 「現に、公国からは兵士が捜索に来ましたよ」  ナナは不愉快そうに、鼻にしわを寄せた。 「でも、痕跡の一つもなかったから、あなたは拷問もされなかった」 「俺が探っても、アラン大公がここに現れた形跡はない」  黙って聞いていた昂もそう付け加えた。 「でも」  凛はしっかりとナナを見つめた。 「何か聞いているでしょう?わたしたちには伝えていいと言われていることを」  それまで難しい顔のまま、視線を逸らせていたナナが、ハッとしたように凛を見た。 「あんた、事が起こる前に、なにか大公に聞いていたのか」
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