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ナナライに妻子はいない。厄介事を四方八方から持ち込まれるので、妻など持てないといつもぼやいている。
確かにそれは事実で、こればかりは気の毒という他ない。
凛は「ありがとう」と笑顔で言うと、躊躇することなく、ごくごく喉を鳴らして水を飲んだ。
昂が驚いたくらいなので、ナナは驚愕し、自分が出したにもかかわらず、カップを取り上げた。
「リン様!不用心すぎます!」
「あら?毒が入っているの?」
余裕で聞き返す凛に、「まさか!」とナナは青筋を立てた。
「ナナだからいいわよ。喉がカラカラだったんだから」
昂はやれやれと二人を見ながら、自分もカップの水を飲んだ。乾ききった喉に水が通り抜けるだけで、生き返るようだった。
実は凛が昂と行動を共にするのは、これが初めてではない。もっと言えば、昂の師匠である良、針森から一緒に出てきた彩も一緒だ。
昂、良、彩は普段から商人として、主にガザ帝国を中心に各地を回り、商いをしている。それも、もう六年になろうとしている。
ところが最近、その商団というにはあまりにも小ぢんまりした三人のところに、なぜか国の王妃凛が乗り込んでくることがあるのだ。
ありのままの民の様子が見たい。
それが王妃のお言葉であり、王も認めていると一筆書いたものまで持ってきたので、昂たちも断るわけにはいかなかった。
だが、最近、その目的も本当か怪しいと思い始めている。もちろん、嘘とは言わないが、それが目的の全てではないように思うのだ。
それはともかく、カップの水を美味しそうに飲み干すのを、ナナは諦めたような表情で見届けると、「それで」と促した。
「わざわざこんなところまで、おいでになったのは、アラン様がここにおられると思われたからですか」
ガザ帝国を襲撃したとされるアウローラ大公は、未だに見つかっていない。
「それでしたら、残念ですが…」
「もちろん、そんなこと思っていないわ」
凛はナナの言葉を遮って、明るく言った。
「アランが馴染みであるあなたのところにいたら、わたしたちでなくても、すぐに分かって、探しに来るわ」
「現に、公国からは兵士が捜索に来ましたよ」
ナナは不愉快そうに、鼻にしわを寄せた。
「でも、痕跡の一つもなかったから、あなたは拷問もされなかった」
「俺が探っても、アラン大公がここに現れた形跡はない」
黙って聞いていた昂もそう付け加えた。
「でも」
凛はしっかりとナナを見つめた。
「何か聞いているでしょう?わたしたちには伝えていいと言われていることを」
それまで難しい顔のまま、視線を逸らせていたナナが、ハッとしたように凛を見た。
「あんた、事が起こる前に、なにか大公に聞いていたのか」
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