Ⅲ 激流

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「都から離れた方がいいよ」  少年ガコに言われて、ガコから見ればいい大人である三人は、返す言葉もなくガコを見つめた。  この宿屋を脱出して、そのままガコに導かれるまま、小路の途中にある建物に入った。もうつぶれてしまっているのではないかと思われる、飯屋の看板がぶら下がっている建物だ。建物自体も少し傾いているような気がした。  潜るように中に入ると、店の中は案の定、つぶれた店そのもので、打ち棄てられたテーブルや椅子に、埃が白く積もっていた。  ガコは止まることなく、スタスタと店内を奥へ歩いて行った。ターシャたちも黙って後ろをついていく。厨房の奥には扉があった。  母屋へ続くのか、少し板が剥がれかかっている。 無造作にガコが扉を開けると、意外なことに、こざっぱりとした部屋が現れた。  簡素だが、家具がきちんと整えられている。 「いざという時の、俺たちの隠れ家だよ」  ガコは短く、そう説明すると、座るように促し、早速冒頭のように切り出したのだ。  この子は、いやオロたちはどこまでターシャたちのことを分かっているのだろうか。  分かっているのか、それとも、単に巻き込まれないように言ってくれているのか。  戸惑うターシャを横目に、ガコは更に言う。 「気づいたかもしれないけど、さっきの襲撃は陸軍の連中だよ。狙っているのが、うちなのかあんたらか分からないけど、どちらにしろ、とっとと逃げちまった方がいい」 「それで」と、ガコははっきりとターシャを見た。 「どこに行く?」  ターシャもガコの顔を見た。 「ガコって何歳なの?」  質問とは全く関係がない応答に、大人びたガコの顔が、一瞬歪み、チッと舌打ちが聞こえてきた。 「十一だけど、それが何?」  イライラした声だが、律儀に答えるあたり、可愛げがある。 「へぇ」と隣から感心した陽の声が聞こえた。 「しっかりしてるんだな」  ナルは何も反応していないが、その目はじっとガコの口元を見ているから、きっと話している内容は分かっているのだろう。  ガコの顔はますます不機嫌になっていた。 「あんたら、状況が分かってんのか。町中(まちなか)で軍の斥候が襲ってきた。あんたを探しているとしたら、あの宿から抜け出していることは、もうばれてるだろう。この辺を(しらみ)潰しに探すかもしれない。正規軍なんだから、堂々とね。ほんとはもうすぐにでも出発した方がいいかもしれないのに」 「あんたを探しているとしたら」などと、仮定形で話している割に、ガコは焦っているようだった。だから余計に苛立つのだろう。  それにマルゴの連中には、ターシャは薬師である陽の弟子で通していたのに、ガコは陽ではなくターシャに向かって話している。 「どうして、わたしを探していると思ったの?」  思ったより、冷静な声が出た。 「そりゃ」怒鳴りかけて、ガコは思い直したように息を吐いた。ため息交じりで告げる。 「あんたが公女さまだからだろ」  ターシャもため息をついた。  ……ばれてたのね。 「オロは公舎にもつながりがあるからな。あんたの顔を知ってたんだよ」  ガコが悪いわけでもないのに。なぜか弁解がましい口調になっている。 「……あなたたちは味方ってこと?」  ターシャは短く訊いた。  ガコはグッとあごを引いた。 「……今のところは」  上々だ。マルゴという町を抱えている限り、そう安易に公女の味方に付くことは出来ないだろう。今、手を貸してくれるのさえ、かなり危ないのだ。 「オロを襲ったやつも軍だって言っただろ。あいつら俺たちのことも煙たがっている」  盗賊ごときが大きな顔で町を構えているのが気に入らないのだろう。しかもあそこは、針森を越えて、更にガザへと続く道だ。  大公はあまりうるさく言わなかった。もろ手を上げて認めていたわけではないが、必要悪だと見逃していたところはある。事実、マルゴの町が出来てから、盗賊に襲われる旅人の数は減った。  オロが公舎に行くことがあったというは、そういうことだろう。大公に、やりすぎるなと釘を刺されていたのだ。  大公が行方不明になって以降、軍からの干渉が目立ち始めた。ついには襲撃に至る。名乗りはしなかったが、軍の連中であることを隠している様子もなかった。  政権が完全に軍部に移った場合、マルゴは排除されるかもしれない。そうならば、大公家の方に肩入れする方がマシなのだが、大公が完全につぶされた時、味方をした者は粛清される可能性がある。  状況がはっきりするまで、オロも表立っては動けないのだ。 「ありがとう」  ターシャは微笑んだ。 「充分だわ」  ガコの顔が赤く色づく。  ターシャははっきりと言った。 「ドムへ行くわ」
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