Ⅲ 激流

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「?」  夜中にフッと目が覚めて、陽は身体を動かさずに、そのまま視線だけを動かして、辺りを探った。  隣の寝台でナルも身体を強張らせて、緊張しているのが分かった。  部屋の反対側では、ターシャの規則正しい寝息と、ガコの寝言が聞こえた。  気配は、ナルの寝台側である窓の近くから漂っていた。  気配から殺気は感じない。  ただ、こちらが目覚めていると気づかれても安全、とは限らない。  そう言えば暑かったので、窓は少し開けていた。  外から少しだけ風が入り、陽の鼻に微かだが匂いが届いた。ああ、これは、知っている匂いだ。  黙って起き上がると、気配がそっと近寄って来た。  ちらっとターシャの方を見る。 「ターシャを起こさないでよ。あんたなんか見たくないだろうから」 「よく俺って分かったな」  気配が感心したように言った。 「匂いで分かるよ。薬を扱う人間は」 「これでも気を付けているんだけどな」  気配の声がだんだん大きくなってくるので、陽は慌てて言った。 「声を落とせよ。あの子に気付かれたら、許さないから」 「ひどい言い草だな。小さい頃はあんなに俺を慕ってくれていたのにな」  どうにも絡んでくる相手に、陽は眉を顰めた。  ナルも目を覚ましているようだが、動かないままだ。警戒心だけがひしひしと伝わって来る。そりゃあ、あんな目に合わされたら、一生警戒しても足りない事だろう。  だが陽が心配してやることではない。  当面の心配は、この男のせいでターシャのトラウマが再燃してしまうことだ。 「なんでここにいる?早く出て行けよ、(くう)」  陽が低い声でそう言うと、空は陽に顔を近づけてきた。 「そんなにあの子が大事?」  陽はゾッとして、空の顔を見た。暗くてよく見えない。 「あんた、まさかまだ……」  空は過去のある出来事で、公国を恨んでいた。それが六年前の事件につながったのだ。 「もうないよ」  空は笑って短く答えた。 「単なる子どもの成長を喜ぶ、オジサンの感想」  なんだそれ、と思っていると、空はサラリと付け加えた。 「ドムにはまだ公国の隠密が残っているよ。昨日は見つからなかったみたいだけど、ナランダにも潜り込んでる。時間の問題だろうから、動き回らない方がいい。明日、手下を行かせるから、この部屋で待っておいで」  陽は少し考えてから、首を横に振った。 「悪いけど、俺たちの目的はナナライじゃないよ」  その先がある。  空は何でもない事のように「うん」と応えた。 「分かってるよ。王女に会いたいんだろ」
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