Ⅲ 激流

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 ガザへの帰路につく凛と昂に、なぜかナナライも一緒に行くことになってしまった。  もう引退したんだと一応つぶやいたナナライは、大公との話を聞きたくないのかと、凛に脅されたのだ。  さらには「この話を聞いたら、ガザに行かなくてはならなくなるわ」と言われ、それでもなぜか、ここでは話せないとも言われた。  最後には「ここで用事があるの?」と昂に訊かれ、じゃあ、行くだけ行くかと言ってしまった。  こういうところが、貧乏くじを引き続ける要因だろうと自分でも分かっている。  昂が繰る馬車が、かつて「神の道」と呼ばれたガザへ通ずる道に入った頃、凛は急にアランのことを話し始めた。 「アラン大公はタミア妃を迎え入れて以降、たとえ妃を伴っていない時でも、わたしと蘭の話をしようとしなくなったわ」  親密な友好国として、ガザ王妃の凛とアウローラ公国の大公アランが会う機会は、少なくなかった。それまでアランは、何かにつけ蘭の話を出していたのだが、それがぱったりとなくなったという。 「ああ、コルニクスもそんなことを言っていました。タミア妃と婚姻してから、ラン様の名前を一切出さなくなったと。それは妃や公女様たちがその場にいない時も同じらしい」  亡くなったとされるラン大公妃が、実は生きていることを、この二人は知っている。だが、一度も針森から出てきてはいない。これからもそうだろう。 「でも、前回アランに会った時にね」  凛は「半年前くらい」と付け加えた。 「急に『昔からあなたのことがうらやましかった』って言い出したの」  アランはその時、単独でガザ帝国を訪れていた。大公妃を伴わない訪問はよくあることだった。  王宮での晩餐会の後だったと思う。凛が王宮の庭園で休んでいると、アランがやって来た。少し酔ったので、風にあたろうと思ったと、ほんのり赤い顔で言っていた。 「『あなたのことがうらやましかった。蘭はあなたの為に必死だった』って、うらみ事みたいなこと言われて、びっくりしたの。タミア妃との婚姻以降、ランが存在したことでさえ忘れてしまったかのように、一言も触れなかったのに。それから、昔、蘭と信をドムに行かせた話を長々と話し始めちゃって。本当は俺も行きたかったとか、あれが失敗だったとか、なんとか。大昔のことに、なんて女々しい男なのかと、はっきり言って引いちゃったわ」  その蘭と信がドムに来た時、ナナライは初めて二人に会った。衝撃的な出会いだった。そして、ドムが救われたのだ。遠い昔のことのように感じながら、ついこの間の出来事のように鮮明に思い出せる。  それからナナライは、黙って御者をしている昂に目を向けた。彼らの息子がいまこうしてここにいる。  ナナライはなんだか切ない気持ちになった。  アランが普通の男と変わらないのであれば、彼のやるせない気持ちは理解できる。男はいつまでも女々しいものなのだ。  アランはどのくらい酔っていたのだろうか。覚えていないくらいであれば、いいのだが。  だが凛は首を横に振った。 「そんなに酔っていなかったと思うわ。彼はわたしに言いたいことがあって、わたしに会いに来たのだもの」 「どういうことですか?」  ナナライが問うと、凛はアランの口まねを始めた 「ドムに行きたかったのに、わたしは立場上行けなかった。でも、あなたならそんなこと関係なしに行くんでしょうね」  嫌味とも羨望とも言える口調は、確かにアランに似ていた。 「あなたが今度ドムに行くことがあったら、ナナライを訪ねて下さい」  ナナライなら、凛はよく会っている。そう言うと、アランはいたずらを企てたような顔をしてこう言ったという。 「ドムにあなたが行ったらの話です」
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