Ⅲ 激流

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 ドムから黄神(おうじん)山脈を抜け、海沿いを駆けること二日。ターシャたち一行は、ガザ王都全輪(ぜんりん)との貿易の中継地、(そう)(てい)に着いた。  ガコが薬で眠っているうちに、ターシャたちはドムを後にした。ガコへの置手紙には、謝意だけをしたためた。賢い子だ。事情を呑み込み、素直に都かマルゴに帰るだろう。  ドムまで連れてきてくれたガコを裏切るようで、ターシャの後ろめたい気持ちはどうしようもなかったが、そういう気持ちになること自体、感傷的な自己満足だと、ターシャは自分を戒めた。  黄神山脈を抜けるまでは、監視の目も多いこともあって馬車を利用したが、ガザに入ってからは馬に乗って移動した。  ターシャは隼の後ろに乗せてもらったのだが、それでもこんなに長く馬の背に乗ったことがなかったので、体中の筋肉が悲鳴をあげていた。 「馬車より馬の方が断然早いですからね」  隼は言わずもがなのことを言う。ターシャを貴人扱いする気はないらしい。  それがこの男の性質なのか、ガザ王室の公女への態度なのか、判断がつきかねた。  だが、確かに燦に早く会わなければならない。ターシャは何も言わず、隼の指示に従った。  蒼碇は海に面しており、大きな湾を持つ。水深も深いので、大型船を付けることができる。全輪へも近いことから、大量の物資を運ぶ大型船は、ここを目的として集まってくる。それが蒼碇を、一大貿易都市へと成長させた要因だった。  馬に乗ると、結局マルゴに置いてきてしまったルークスを思い出す。充分な礼金は置いてきたし、オロがターシャのことを公女だと知っていたのなら、粗末に扱われたり、勝手に売られたりすることはないだろう。 それでも後悔に近い気持ちにはなる。  どうせなら、ルークスの背に乗って、蒼碇を走ってみたかった。  馬上でも、潮の香りはすぐに分かった。公国にも海はあるが、都は内陸にあるので、ターシャは海には縁遠い。  慣れない香りは、ターシャを落ち着かない気持ちにさせた。  隼はある建物の裏側に回った。  壁面や窓に飾り模様を施した華やかな建物が多い中、褐色のその建物は、飾り気がなく簡素だが、不思議とみすぼらしくはなかった。堂々としており、粋にすら見える。 「ここは?」  ターシャが隼に尋ねると、「蒼碇の役所だよ」という答えが返ってきた。  ターシャは驚いた。王女が大きな町とはいえ、地方の役所にいることも驚きだが、そんなところにターシャが入って行って大丈夫なのだろうか。地方とはいえ、国の機関であることには変わりない。  だが、もう裏門に入ってしまうし、隼と同じ馬上にいるターシャにはどうしようもなかった。  隼はすんなり裏門を通り抜けた。裏門には一応門番らしき兵がいたが、隼の顔をチラリと見ただけで、何の動きも示さなかった。  裏門を抜けたすぐのところに馬留めがあり、ターシャたちは馬を留め、忍び込むわけでもなく、役所の裏口からすんなり入った。裏口といっても両開きのきちんとした扉で、警備の兵も立っていたが、何ら咎められることもなかった。  廊下で役人と思しき者に会っても、隼は堂々としており、役人は見知らぬターシャたちに目を向けることもなく、軽く頭を下げて通り過ぎていた。 「隼ってえらいの?」  陽が小声でそう訊くと、「燦さま付きだから、みんなビビってるだけだよ」と笑って答えた。  奥の扉にたどり着くと、隼は遠慮がちに扉を叩いた。反応はない。もう一度、強めに叩く。  扉が急に開いた。 「遅い!」  中から怒れる女性が出てきた。金色の髪は無造作に高く結われ、くるくるとまとめられていた。服装は近衛兵の訓練着のようなものを着ている。六年前に会った時とは雰囲気も印象すら違ったが、顔は確かにこの国の王女だった。  その顔がまず隼を睨みつけ、次にターシャに移る。見る間に満面の笑顔になった。 「入って!」  何かを言う前に、引っ張り込まれてしまった。隼がやれやれと呟きながら、陽とナルを促して部屋に入った。
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