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「ごめんなさい」
燦が決まり悪そうに笑った。
ターシャは「いいえ」と首を振った。
どうして二人がこんな風になったのか知らなかったし、気にはなったが、何と言えばいいか分からなかった。それに、これに関しては、自分は全くの部外者だ。
自分が何をしに来たのか思い出して、ターシャは居住まいを正した。
「王女様は今、蒼碇の長官なんですか?」
「ええ、そうよ」と燦は頷いて、「だから『王女様』はやめてくれる?」と付け加えた。
「……王女ではないんですか?」
ターシャは少し声を潜めて訊いた。不思議だと思った。王女が王宮を、しかも王都を出て、地方の長官になるなど、聞いたことがない。だが、ガザにはガザの政治があるだろう。安易な判断は控えていたのだ。
「まぁ、王様の子どもっていう点では、もちろん王女だけどね」
点もなにも、それがすべてではないか。ターシャは礼儀を忘れて、眉を顰めてしまった。
燦はお構いなしに、話を続けた。
「それで?どうしてわたしに会いに来たの?わたしもあなたに会いたかったけど、それだけで、こんな時にこんなところまで会いに来たわけではないでしょう?」
「ええ、そうですね」
ターシャは不安になった。燦と話せば何かしら展望が開けると期待していた意気込みが、急にしぼんでしまった気がした。
このまま燦に話していいのだろうか。
そう迷いながらも、その為にいろんな人の手を借りてここに来たのだという、後に引けない気持ちもあった。
「父の消息がつかめないんです」
ガザの、少なくとも王室は、今回の事件をアウローラ大公が起こしたとは思っていない。それは、王家の隠密がターシャを助けたことで、すでに分かっている。
では、ガザはどこまで掴んでいるのだろう。事件の真相を知っているのか、もしかしたら、犯人はガザ内部の者かもしれない。
これは、ターシャの予感に過ぎないが、もしガザの誰かが、公国を利用して何かを企んでいるのなら、父はそれを利用したのかもしれない。
何の為かは分からない。だが、父がまんまとあんな幼稚な罠にかかるとは思えないのだ。
では、何の目的で?
そして、それとユースティスの行動は、何か関りがあるのだろうか。
自国に味方がいない自分は、情報が圧倒的に少ない。一人で考えても限界がある。
ターシャは燦と情報共有が出来ればと思っていた。燦なら、ターシャの気持ちも目的も分かってくれる。そう思っていた。
「そう」
燦の目がクルリと色を変えた…ように見えた。
先ほどとは違う輝きを放っている。ほら、為政者の目だ。王女として、思考するときの目。
「あなたも分かっていると思うけど、わたしたちは今回の事件で、大公を疑っていないわ。あんなことをする理由がない」
「よかった。そうです、その通りです」
ターシャはとりあえず、素直に誤解が溶けた喜びを伝えた。これでやっと対等に話せる。
「でも、大公は帰ってきていないのね。あなたたちの所にも」
燦は探るような目で、ターシャを見た。
どこまで話そうか、ターシャは迷った。
「ええ、帰ってくるどころか、消息の一つも送って来ません。公国の連中も掴めていないみたいです」
「そうでしょうね。大公の身柄を送ってくると言っておいて、音沙汰なしだもの。自分たちが言い出したのにね」
意味ありげに燦はターシャを見つめた。
「公国からですか?」
ターシャが訊ねると、燦は「そうよ」と素早く言った。それからターシャの方へ身を乗り出した。
「ねぇ、公国はおかしいと思わないのかなぁ。ガザは一度も『大公を連れてこい』なんて、言っていない。それがどうしてか」
どうしてか、それは公国が大公を疑っていないということだ。そして……
「犯人がガザの人間だということ」
ターシャは燦の言葉を引き継いだ。
やはりガザは分かっていた。
犯人はガザ国内の人間である可能性がある。それが調査の段階か、確信できたのかは分からないが、その為にガザは慎重に対応し、強硬に公国に迫らなかった。
だが、それを公にすると、今度は公国からガザへ抗議しなくてはならない。大公を巻き込んだのだから、当然だ。だが大公に敵対する勢力にとっては、この事件は渡りに船だった。自分たちの手を汚さなくても、大公を追い落とすことができたのだから、僥倖だ。だから、犯人は大公でなくてはならないし、ガザと揉めるわけにもいかない。
「まだ、確信とまではいかないけどね」
燦は椅子に座りなおして、言った。
「関わっている人物の目星はつくかもしれない」
「それが、だれかは」
促しながら、燦は言うつもりはないのだろうと思った。
案の定、燦は首を軽く横に振った。
「公国の公女であるあなたに明かすわけにはいかないわ」
それはそのままガザの弱みになるからだ。
ターシャは素直に頷いた。それはそうだろう。自分でもそうする。しかし、だとしたら、
「公国にも協力者がいる可能性は高いですね」
ガザの首謀者が単独で事を起こして、たまたま公国の反大公派に幸運をもたらしたとは考えにくい。
そうなれば、問題は戻っていく。「大公はどこにいるのか」ということだ。
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