Ⅲ 激流

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「ふふ」  燦が急に笑ったので、考え込んでいたターシャは驚いて顔を上げた。 「何かおかしいですか?」  何か的外れなことを言っただろうか。  訝るターシャに燦は「いいえ、違うの」と笑いながら首を振った。 「ターシャはやっぱり公国の人なのね。最初は敵みたいに『公国(こうこく)』って言っていたけれど、もう『公国(うち)』になっているわ。……憎くはないの?」  大公に謀反の疑いが出た途端にあっさり見捨てて、その家族である母と自分を罪人のように追い詰めた。だが不思議と、国に対して憎しみは抱かなかった。  どうにかこの混乱を納めなければ、とそれだけを思っていた。 「憎いと思ったことはありません。ただ、間違いが起こったから正したい。そう思うだけです」  燦は目を細めた。 「あなたは大公になりたいのね」  燦の言葉に、子どもの頃の感情が、嵐のように襲ってきた。  父のような大公になりたいと思った。本気でなれると思っていた。自分にはその資格があると思っていた。  それが、女だからという理由で、大公にはなれないと知った日の絶望。  ターシャは幼い頃、一度生きる意味を見失い、その時、渇望に似たその望みを、自分の胸の中に仕舞いこんでいた。  不意に蓋が開いた想いに、ターシャは呻いた。  胸を強く抑えて、かろうじて言葉を発する。 「公国では女は大公になれないのですよ」  だから、あなたがうらやましかった。  声に出さなかった言葉は、それでも燦に伝わってしまった。  燦ははっきりとした声で言った。 「わたしは女王にならないわ」  燦の言葉を聞いて最初に思ったのは、ガザも女は王になれないのかということだった。  だが燦はターシャの考えを読んだかのように、「いいえ、違うの」と先んじて言った。 「王位は血筋で継承されるなんて、別に決められていないのよ。ガザ帝国にそんな法があるわけではないの。王は自分の子どもに王位継承権を与えるものだと、ただ皆思っているだけ。それを受け入れるか、反逆するかの二拓だと思っている」 「……ガザ王はあなたに継がせるつもりはないのですか?」  固い声でターシャが訊ねた。  燦は首を横に振る。 「父は何も言わないわ、ターシャ」  燦の目が強く光った。 「わたしは王位を継ぎたくないの。女王になるつもりはないわ」
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