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「ふふ」
燦が急に笑ったので、考え込んでいたターシャは驚いて顔を上げた。
「何かおかしいですか?」
何か的外れなことを言っただろうか。
訝るターシャに燦は「いいえ、違うの」と笑いながら首を振った。
「ターシャはやっぱり公国の人なのね。最初は敵みたいに『公国』って言っていたけれど、もう『公国』になっているわ。……憎くはないの?」
大公に謀反の疑いが出た途端にあっさり見捨てて、その家族である母と自分を罪人のように追い詰めた。だが不思議と、国に対して憎しみは抱かなかった。
どうにかこの混乱を納めなければ、とそれだけを思っていた。
「憎いと思ったことはありません。ただ、間違いが起こったから正したい。そう思うだけです」
燦は目を細めた。
「あなたは大公になりたいのね」
燦の言葉に、子どもの頃の感情が、嵐のように襲ってきた。
父のような大公になりたいと思った。本気でなれると思っていた。自分にはその資格があると思っていた。
それが、女だからという理由で、大公にはなれないと知った日の絶望。
ターシャは幼い頃、一度生きる意味を見失い、その時、渇望に似たその望みを、自分の胸の中に仕舞いこんでいた。
不意に蓋が開いた想いに、ターシャは呻いた。
胸を強く抑えて、かろうじて言葉を発する。
「公国では女は大公になれないのですよ」
だから、あなたがうらやましかった。
声に出さなかった言葉は、それでも燦に伝わってしまった。
燦ははっきりとした声で言った。
「わたしは女王にならないわ」
燦の言葉を聞いて最初に思ったのは、ガザも女は王になれないのかということだった。
だが燦はターシャの考えを読んだかのように、「いいえ、違うの」と先んじて言った。
「王位は血筋で継承されるなんて、別に決められていないのよ。ガザ帝国にそんな法があるわけではないの。王は自分の子どもに王位継承権を与えるものだと、ただ皆思っているだけ。それを受け入れるか、反逆するかの二拓だと思っている」
「……ガザ王はあなたに継がせるつもりはないのですか?」
固い声でターシャが訊ねた。
燦は首を横に振る。
「父は何も言わないわ、ターシャ」
燦の目が強く光った。
「わたしは王位を継ぎたくないの。女王になるつもりはないわ」
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