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「瑠!」
大声で呼ばれて、瑠はヤクを追いやる手を止めて、振り返った。ヤクたちが安心したように立ち止まり、鼻を鳴らしている。
瑠たちの村は黄神山脈の中腹にある、小さな村である。吹き降ろす風とやせた土地の為、あまり作物は育たない。そのため高原でも飼うことができるヤクを放牧し、生計を立てている。しかし、都である全輪から遠く離れており、都市と呼べる大きな町が近くにないため、自分たちの生活の糧にする程度だ。
村は常に貧しく、男たちは成人すると、村の外に働きに出る。
三年前に夫婦となった瑠の夫も、今働きに出ていて不在だ。寂しくないと言えば噓になるが、村では皆そうなので、これが普通だと思っている。
ヤクの飼育は重労働で、それを女だけでやろうというのだから、骨が折れる。更には家事育児もこなさなければならず、一日が終わるころにはくたくたで、寂しさに涙する暇もなく眠ってしまう毎日だった。
瑠が振り返ると、住民の家が寄り添うように建っている麓で、隣の家のおばさんが手を大きく振っているのが見えた。
「男たちが帰ってきたよー」
瑠はどうしようか迷ったが、呑気にその辺の草を食んでいるヤクたちを見ると、追い立て用の木の枝を、目印となる大きな木の側に置いて、跳ねるように丘を駆け下りた。
村の入り口に大きな荷車が二台、停まっているのが見えた。
その周りで、帰ってきた男たちと、迎え入れる妻と子供たちが、抱き合って再会を喜んでいた。
そこから少し離れたところで、キョロキョロ辺りを見回している男を見つけて、瑠は叫んだ。
「巌!」
巌のように固く強い男になるようにと名付けられた瑠の夫は、その甲斐もなく、華奢で温和な男だった。だが力は確かに強くないが、はねっかえりの瑠を包み込んでくれる、懐の深いところがある。
その巌が瑠の姿を認めて、手を上げた。何か月も夢に見た、大好きな優しい笑顔。
巌の許にたどり着いて、彼に飛びつこうとして、瑠はギョッとした。
「どうしたの?なんでこんなに痩せてるの?」
もともと大きな体ではなかった。だが、村でも外の働き先でも、力仕事をしているのだから、細いなりにも筋肉はついている。
だが、これは。
服の上からでも、肉が落ちているのが分かる。きっとあばら骨が浮き出ているだろう。
問い詰めようと彼の顔を見上げると、目の下にはどす黒い隈が張り付いていた。
「ちょっと風邪をひいてたんだ。思ったより長引いちゃって、少しやせたみたいだね」
他人事のようにそう言う巌を、瑠は信じられない顔で見る。
「少しって……」
その先を言わせないように、巌は瑠を抱きしめた。
「もう大丈夫だって。村に戻ったんだし、身体も元に戻るよ。それより久しぶりに会えたんだ」
そう言って瑠を抱きしめる腕に力が入った。
巌の胸に強く押し付けられた瑠は、その喜びより、自分の顔や身体に食い込むような、骨ばった巌の身体に不安が募る一方だった。
それでもせっかく久しぶりに会えたのだからと、巌の背中に腕をまわして抱きしめた。
やっぱり細くなってる。
瑠は巌が腕を離すまで、じっと巌を抱きしめていた。
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