Ⅳ 狂気

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「おい、練はいるか」  允の館に戻って来るなり、允の当主は神経質な甲高い声で、侍従を呼んだ。 「はい、ここに」  すっと影のように、当主の侍従である練が姿を現した。跪きこそしないが、深く(こうべ)を垂れたまま、主人の(もと)に参じた。 「カエルムが公国から我が国に入ってきたそうだ」  当主は興奮した声音を隠し切れずに、上ずった声で、垂れた侍従の頭に向かって言った。 「左様でございますか」  練は感情の分からぬ声で、顔を上げないままそう応じる。 「うちの…は大丈夫だろうな」  当主が声を潜めて練に耳打ちすると、練は頷いた。 「もちろんです。数に異常はありません」  当主の肩から、あきらかにホッと力が抜けた。 「そうか、ならいい」  そう言って、下がるように手を振った。  練がそのまま下がろうとすると、当主は「待て」と手で制した。 「アレはどうしている」  当主が「アレ」と言うのは、彼の不肖の息子である。氏族長の自覚もない、到底、当主を譲ることなどできないと、当主は常日頃から周りに言っていた。  それでも、允の当主になれるのは、一人息子である「アレ」だけだ。どうあっても強くしなければならない。  允の一族に関わる全ての者に、彼の息子を監視し報告するように、当主は命じていた。  当主の世話をする練には、特に息子の側にも付き、一挙手一投足すべてを報告するように言っていた。 「翠様は」  練は下を向いたまま答えた。 「少し、風邪を召されていらっしゃるようで」  当主は、「ちっ」と舌を鳴らした。 「駄目だな、あいつは」
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