第2話 令和飛鳥山合戦ゲバゲバ 桜花の巻①

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第2話 令和飛鳥山合戦ゲバゲバ 桜花の巻①

1. 「ちょっと貴女。楽屋に来て頂戴」 「ひぇっ⁉︎」  松下由衣(まつしたゆい)は目の前の女生徒の発言に、一瞬理解が追いつかなかった。  彼女がいる場所は私立日野出学園(ひのいずるがくえん)高等部の講堂である。収容人数300名。並の公民館の小ホール以上の設備と広さがある場所で、つい先程まで由衣の目の前にいる人物のコンサートが行われていた。新入生への歓迎ライブである。  その人物の名は堺彩香(さかいあやか)。日野出学園高等部2年生である。この学園には中等部から入っている、所謂持ち上がり組で、趣味は音楽全般だった。 動画配信サイトで小学生の頃からギターカバーを投稿しており、今では大手の音楽系ユーチューバーとして名が知られている。当然ながら学園のスターだった。  由衣は彩香のファン、と言うよりは中学時代からの追っかけに近い。彩香が日野出学園中等部2年生の時に中等部へ入学したから、既に4年目である。彩香ファンの間でも、由衣の追っかけっぷりはそこそこ有名で、少なくとも学園内の堺彩香ファンの中で松下由衣を知らない者はいなかった。名前まで知らなくても、顔を見れば「ああ、あの子か」くらいの認識は持たれている。 そんな由衣に、彩香が「楽屋に来い」と言ってきたのだ。由衣からすればネガティブな予想しかできない。  由衣は自分が学園内、堺彩香ファンの間での知名度が高いのを自覚できている。 だからこそ他のファンからの妬みなどには敏感だったし、態度もライブの時を除いて努めて控えめにしていた。 しかし、以前ライブでの乗り方が熱狂的すぎて、その様子を見たご新規がライブ参戦を敬遠したという前科がある。それを知った時、由衣は自決の一歩手前まで行ったが何とか周りの助けで生きながらえていた。  また何かしでかしちゃったかな。  そんな不安感が由衣の脳内を支配してゆく。 「何してるの。早くきなさい。あ、あなたたちは少しの間待っててくれないかしら」  彩香は楽屋のドアノブに手をかけると、突っ立ったまま俯いている由衣を促しつつ、バンドメンバーに指示を出す。他の出待ちの客もその様子を遠目から見つめている。  日野出学園新聞部が、4月号に大きく「堺彩香熱愛発覚」の記事を載せて以来、誰が彩香のパートナーなのか探っている。この楽屋呼び出しは、もしや2人の逢引ではないかと邪推する者が出始めた。 「もしかして、女同士?」 「百合ってこと⁉︎ これは薄い本の材料になる…!」 「気持ちわるっ」 「学園にも同性カップルは増えてるし、いいじゃないか」  など、多種多様な話が沸き起こっている。  そんな話も、楽屋の中までは聞こえてこなかった。頑丈なドアが外の雑音を遮断してくれる。  楽屋の中には、ライブの機材やお菓子、飲料、プレゼントやファンレター、楽屋花で埋め尽くされていた。彩香は自分の鏡台にドカっと座ると、タオルで珠のように浮かんだ汗を拭き取っていく。 「差し入れのお菓子、好きなものつまんでいいよ」  彩香は言いながらミネラルウォーターを半分近く一気に飲んだ。由衣は恐る恐るドア近くに立ち、普段滅多に目にすることが無い楽屋の彩香を見つめていた。 「あ、そうそう。今回もお花ありがとうね」  彩香はそう言って、鏡台側に幾つも置いてある花束やフラワーアレンジメントの籠の中から、片手にすっぽりと収まるような可愛らしいフラワーボックスを掲げた。箱には溢れんばかりの八重桜が詰まっていて、春の訪れを感じさせるプレゼントとなっている。 「いえ、そんな。小さいのしか贈れなくて、申し訳ないです…」  この講堂入り口には、他のファンや教職員から彩香に対して公演祝いに贈られたスタンド花が幾つもあった。楽屋花も豪華絢爛である。新歓公演なのにこれほどの花が来るという所に、彩香の人気の高さを感じさせる。だからこそ、自分の送ったフラワーボックスは、いかんせん小さい。 「おばか。普通の高校一年がこれを買うのにどれだけ苦労すると思ってんの。私だって高校生なんですからね。むしろ、私は貴女に無理してライブのたびに贈り物はしなくて良いっていつも言ってるはずよ」  由衣は今まで出待ちして彩香と話をした内容を思い出していた。社交辞令ではなく本心だったのか、と、彩香の気遣いに感激する。 「もしかして、今日楽屋に呼んでくださったのは、このことで?」 「あ、違う違う。ちょっと様子がおかしかったから、どうしたのかなって思ったのよ」 「へ?」 「いつもはノリノリなのに、今日はしょんぼりだったでしょ。他のメンバーやスタッフの子たちもおかしいって言ってたのよ」  由衣は何と言えばいいのかわからず、俯いていた。 「まさか、あの新聞部の記事が不安だったとか?」 「いえそんな!お姉さまの熱愛がもし本当で、幸せだったら全く問題ありません」 「あ、そう。言っとくけど、あれはガセよ」 「へ?」 「新聞部にそこはかとなく匂わせただけ。実際、今日のライブはたくさんお客さんが来たでしょ」  彩香の、いたずらが成功した悪童のような笑みを見て、由衣は思わず吹き出した。 「ファンの悩みは私の悩みなの。特に貴女のは。教えなさい」  彩香に言われて、由衣は少しづつ口を開いていった。
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