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長い長い沈黙を経て、桜の木はパラパラと蕾の付いた長い枝を落とした。
「…………ありがとう」
落ちてきた枝を一本咥えて黒猫は土間に忍び込む。そしてその枝先を竈門の種火に突っ込んだ。
火種を枝に移すと、黒猫は桜の木の根本にその枝を置いた。
桜の木は風を呼び、咲きかけの花びらをハラハラと散らす。
黒猫が火種に小枝を焚べると、やがて炎が上がった。
「一人ではお前も寂しかろう。私も共に逝く」
そう呟いて、黒猫はメラメラと燃え盛る炎の中に飛び込んだ。
桜の巨木を炎が包み、小さな火の粉がまるで桜の花びらが散るごとく舞い踊る。
やがて桜が黒い灰になると村は消え去った。かつての盆地は150年の歳月を経て、人の手の入っていない森へと姿を変えた。
空にはいつの世も変わらぬ白い月が、ポッカリと浮かんでいた。
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