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飛行機の出発まであと二時間あった。
だから、隣で睡魔と闘う彼女に訊いた。
「ねえ、もし時間が止まったら、何する?」
「……私は、そうだな。まずはエスカレーターを逆走したいかな」
「何で?」
「それが私の将来の夢だよ? 言ってなかったけ?」
淡々と続けるものだから妙に信憑性が生まれる。だが、目蓋の重さと格闘し、半目で会話する彼女を愛おしく思った。
「エスカレーターを逆走した後はね、エレベーターのボタンをずっと押していたいな。あれ感触が気持ちいいから。それに飽きたら、海の方まで行って、深い穴でも掘りたいかな。それにも飽きたら、家に帰って、ながーい時間寝るんだ。お母さんもアラームも無いでしょ。そういえば時が止まってたね。忘れてた。じゃあ、何するかなぁ? あんたは何すんの?」
生気の無い声で、言葉が続々と流れてくる。
「僕は、本でも読んでるかなぁ」
「つまんねぇ、男だな」
己の言葉の選定に詰まったのか、彼女が鼻で失笑した。
「まあでも、沢山本を読み終わったら、花見に行くのも良いかもね。満開の桜が垂れる世界に、二人しか居ないんだ。幻想的で憧れるでしょ?」
「花見かぁ。久しぶりだなー」
「もう何年も行ってないでしょ?」
「小学生以来かなぁ。確かに誰も居ないなら行ってみたいかも。時が止まってるなら、桜は枯れないね?」
「そーだね。……もう体力の限界?」
「うん。眠い。寝る。近ずいてきたら起こして」
丁度、十七時をまわった。
港内の人気も疎らになり、空席が目立つ。搭乗まであと1時間強ある。
大きな窓から見える景色は煌めいていた。
バスが通り過ぎ、残像が霞む。
隣で綺麗な鼻息が聞こえ、僕は穏やかな表情になる。寝顔を見つめた。
僕は、無心に寝顔を見続けた。
すると彼女が「むふっ」と笑った。
その表情に救われ、同時に本当に時が止まれと祈った。
何時しか僕は眠ってしまったらしい。
────一つ、夢を見た。
彼女が、ブルーシートの上でみたらし団子を食べている。一つ、僕に分けてくれた。
そこで彼女は快活な笑みと共に、こう言った。
「時が止まれば良いのにね」
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