外伝1-2.横恋慕の初恋は実らない

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外伝1-2.横恋慕の初恋は実らない

 少年のフリをした叔母様は、その時美少女ではなかった。平民の少年を助けるために、自分が大ケガを負ったってのか? それもあんな傷、相当痛いし死にそうな思いをしたはず。  明け方、こっそりベッドを抜け出した。老執事のアントンなら、昔の話を知ってると思ったんだ。この時間なら、執事や家令は起き出しているはず。実家での記憶を頼りに、執事がいるであろう控室へ向かった。  ここは名前こそ「控室」だが、使用人を監督する執事や侍女長以上の役職でなければ入れない。いわゆる、使用人のまとめ役が仕事をする執務室だった。父上の執務室と違うのは、豪華さがないこと。狭いことだろうか。  ノックするとすぐに扉が開き、アントンが驚いた顔をする。それはそうだろう。公爵家の嫡男が一人で、明け方に訪ねてきたんだ。服の着替えもまだだし。少し恥ずかしさを覚えた。万が一にも叔母様に見られないよう、こっそり部屋に帰ろう。 「あの……叔母様と叔父上の出会いの話を、知ってるか?」  アントンは目を見開いた後、白髪の頭を左手で撫でた。それから少し考え、椅子を勧められる。素直に座った僕に、母上から聞いた話より詳しく教えてくれた。ケガは命を脅かすほど深く、傷ついた叔父上を叔母様が必死で看病したことや、その後の叔母様が叔父上を追い回して捕まえたことまで。 「叔母様が、叔父上を……選んだ……」  ぽつりと呟いたタイミングで、ノックもなく扉が開いた。 「旦那様、ノックをお忘れです」  慣れているのか、アントンは苦笑いして注意する。振り返った扉には、上半身裸の叔父上がいた。どこの野蛮人だ? いくら自分の屋敷とはいえ、公爵夫人である母上も滞在しているのに。眉を寄せたが、それ以上に驚いた。  上半身を覆い尽くすほど、その傷は酷い。深く抉れた痕は、筋肉の鎧にくっきり刻まれていた。 「おはよう、エドガー殿。よければ、一緒に鍛錬をどうだ?」 「あ、お願いします」  興味を持った。こんな傷があるのに、剣を振るって戦えるのか? 部下が忖度してるだけで、本当は英雄と呼ばれる強さなんてないのかも。妖精姫を助けた功績で、後に英雄と呼ばれただけだろう。そうであって欲しいと願った。  なのに、鍛錬場では圧倒的な実力を示された。本気で血を流しながら向かっていく部下を、淡々と叩きのめして転がす。部下は真剣を持っているのに、叔父上は棒切れだった。使い込んだ様子は窺えるが、特別な棒じゃない。 「よし、せっかくだ。戦うか」 「……え、僕?」  冷や汗が流れ落ちる。だが背を向けるのも癪で、訓練場の剣の柄を握り……。 「ぐっ、なんだこれ」  重すぎて抜けない。舌打ちして、倒れている部下の剣を拝借することにしたが……こちらも重かった。引き摺る姿に、叔父上は大声で笑った。恥ずかしい、そう思う反面、年齢が違うんだと言い訳する。 「悪い、持てないことを笑ったんじゃないぞ。まさかその状態でも向かってくると思わなかった。負けん気が強くて立派だ。これなら将来の嫁さんを守ってやれるぞ」  がごっと落ちた剣が金属音を立てる。それをひょいっと拾い上げ、叔父上は「足の上に落としたらどうする」と眉を寄せた。それから僕を脇に担いで、荷物のように運ばれる。 「風呂に入ろう。それから朝食を食べて、また鍛錬だ」  げっ、まだやるのか。その後、朝食の間に叔母様から叔父上の武勇伝を聞かされた。惚気に近い話だが、今なら真実だとわかる。ドラゴンを退治するくらい強くならないと、妖精姫は娶れない。僕は心に刻んだ。 「バカね、お父様とお母様は運命で結ばれてるのよ。横恋慕はみっともないわ」  叔母様に似て綺麗な顔してるのに、本当に失礼な奴だな。お前なんかに惚れないからな! 絶対だ!!  その決意は口に出されることなく、数年後にあっさりひっくり返されたが……仕方ないだろ。叔母様の再来かと思うくらい、アストリッドが綺麗になったんだから。
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