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01.妖精姫からの逆プロポーズ
左半面から首筋を通って正装の内側へ……深い傷が残る辺境伯は目が合うとゆったり一礼した。私は驚きに目を見開くが、すぐにほわりと表情を和らげる。
間違いなく、この方だわ。私の望んだ方よ。
「私、ロヴィーサ・ペトロネラ・エールヴァールは、英雄レードルンド辺境伯アレクシス様に嫁ぎたいと思います」
国王陛下と王妃殿下が驚きに目を見開く。周囲はざわめきに満ちた。
「……私と、ですか?」
「ええ、お断りにならないで」
ドラゴンを倒し国を救った英雄は、妖精姫と称えられる美貌と慈悲の公爵令嬢に求婚される。美しい姫が望んだ結婚相手は、ドラゴンの爪に切り裂かれた醜い傷痕の残る辺境伯。圧倒的な強さや名誉と引き換えに失った容姿は、首都育ちのご令嬢が卒倒するほど酷かった。
――これは美女と野獣ならぬ、お転婆妖精姫と最強のお人好しの恋物語。
謁見の間で、女性から男性へのプロポーズ。前代未聞の騒動を引き起こした原因は、私の容姿にありました。
まっすぐで癖のない淡い金髪、象牙色の肌、世界中の宝石を集めても敵わないと称えられた虹色の瞳。すべてのパーツを引き立たせる整った顔立ち、豊満な肉体。どれも私が望んだものではありません。ですが、殿方は血相を変えて求婚に訪れました。
来る日も来る日も、途切れることなく。何度断っても諦めてもらえず、他国の王侯貴族を巻き込み、騒動は大きくなるばかり。私の知らぬところで、隣国の王子と我が国の公爵令息が戦う騒ぎまで起きました。原因は私に求婚する順番だそうで、隣国の王子が傷を負ったと。
学院へ通えば人だかりが出来てしまい、規律は乱れました。他国からの留学希望者で受け入れ枠が足りなくなり、国内の下位貴族の入学枠を購入や奪う騒動まで。こうなると、国王陛下も動かないわけに行きません。
一番の原因は私が適齢期の令嬢であること。婚約者も夫もない状況が混乱を招くと考え、急ぎ原因を解消することを求められました。つまり婚約者を作れと王命が下ったのです。
エールヴァール公爵家は私と兄がおりますので、私は嫁に行くことが可能でした。跡取りのお兄様は優秀で、すでに婚約者も決まっています。安心して相手を選ぶよう、国王陛下直々に命を受けた私は……ある条件を出しました。
私が選んだ男性に異議申し立ては受け付けない。これは一番重要で、爵位や財産でお相手を選ばないと公言したことになります。決まった後に立場を利用して婚約解消に持ち込もうとされた場合、私は命を絶つと明言しました。
権力で奪おうとする方に身を任せる気はございません。何より、私にはすでに好いたお方がおりますので。その方以外に嫁ぐくらいなら、この世に未練はありませんわ。溺愛し大切に育ててくれた家族には申し訳ありませんが、ここは譲れませんでした。
国王陛下も下手に誰かを選んで嫁がせ、後に騒動を残すくらいなら……と私の我が侭を認めてくださいました。他国の求婚者も一堂に会した謁見の間で、私は自らの意思で彼を選んだのです。
「驚かせて申し訳ございません。ですが、お願いです……婚約をお断りにならないでください」
騒ぎが収まらぬ謁見の間を出て、控室に通された私は渋い顔のアレクシス様の手を握りました。図々しい女と嫌われていなければ良いのですが。
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