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外伝2.破天荒だが、そこが愛おしい
あの子のことは、生まれる前から知っている。ペトロネラの名を受け継ぐ、新しい妖精姫だ。幼い頃から妖精とお菓子を分かちあい、一緒に育ってきた。
我が子も同然の可愛い……だがお転婆すぎて手に負えない娘だ。その子が突然おかしなことを言い出した。
「妖精王様、私、ドラゴンを倒したいの」
「……もう一度言ってくれるか」
同じ言葉を平然と繰り返した彼女は、にこにこと綺麗な笑顔で答えを待っている。こんな愛らしい子が、戦場の殺伐とした空気の中、無事でいられるはずがない。そのため遠回しに断ったが、少年姿なら大丈夫だと言い張る。
外見は弄れる。というより、幻影を重ねて誤魔化すことが可能だった。ただし、年齢は無理だ。小柄な少女を大柄な男性に変更することは、無理がありすぎた。危なくなれば私を呼ぶよう、何度も言い含めて少年の幻影を被せる。
心配すぎて、出現したドラゴンを勝手に倒そうかと考えるほどに。悩んだ結果、見守ることにした。勝手に倒したら怒り出すだろう。過去のペトロネラは大人しい子が多い。ロヴィーサのように、木登りなんてしなかった。
お姫様ばかりだったのに、今回は呼び出されてばかりだ。妖精王は、妖精の頂点に立つ支配者だ。本来は簡単に呼び出されたりしないし、人に手を貸すこともないが。ロヴィーサはとにかく憎めない。失敗しても、迷惑をかけられても、なぜか許せた。
不思議な魅力を持つ彼女を見守って、危険を別の男に救われて……彼に執着し始めた。絶対に嫁になると宣言し、あれこれと騒動を起こす。呆れ半分だが、見ている分には楽しいのも事実で。
彼女が見つけてきたドラゴン殺しの英雄は、なんとも澄んだ魂の持ち主だった。外見の傷を理由に嫌う女が多いそうだが、人族というのは面倒だ。ロヴィーサの本質は、妖精に近い。だから外見より中身を重視する。
容姿端麗な各国の王侯貴族が言い寄っても、妖精姫が国を出ない理由の一つがこれだった。その人間の持つ内面の闇を、彼女達は見抜いてしまう。黒い淀みを持つ者に好意を抱けないのは、ごく自然の反応だった。
16人目であるロヴィーサの前に、国外へ嫁に行ったのは一人だけ。それだけ珍しい状況だ。あの時は、妖精が国境付近で大泣きして大変だった。今になれば、止めれば良かったと後悔している。幸い、今回のロヴィーサは国内に留まるようだ。
「夜這いの手伝いをしてくださいませ」
淑女として教育を受けたはずの公爵家の姫が、なんという言葉を……。はぁ、人族の王の夢枕に立たなくてはダメか? 呆れながらも、つい協力してしまった。この子が起こす騒動は、悪気がなくて純粋な願いに基づいている。実際、悪質な事件に発展したことはなかった。
選んだ夫候補も、妖精達に好まれる人物だ。まっすぐで裏表がなく、強さを持つがひけらかすでもない。ペトロネラ以外に加護を与えたのは、いつ振りか。
私が祝福する中、結ばれた二人。胎内に宿した子に、妖精達が近づいては祝福を授ける。どうやら、同世代に二人の妖精姫誕生のようだ。過去の姫達と違う破天荒なロヴィーサらしい驚きだった。この子といると、飽きることがない。
きっと、娘も何か騒動を起こすのだろう。それにまた悩みつつ、きっと叶えてしまうのだ。振り回されるのも悪くないな。そんな気持ちで、新たな妖精姫に加護を授けた。さあ、新しい未来を見せておくれ……アストリッド。
終わり
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