27.安心して嫁に行きなさい――母

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27.安心して嫁に行きなさい――母

 口を塞がれた娘の姿に、私は教育の失敗を顧みておりました。ペトロネラの名を賜った時から、厳しく育てたつもりです。虹色の瞳を持つ乙女である以上、ヴィーの運命はこの国に縛り付けられる。  妖精王の加護を受ける乙女を、王家が望んでいることも……それ故に淑女教育は最上級の厳しさでした。お転婆だったあの子も、己の運命を語って聞かされてから大人しくなり、安心していたのに。  嫡男レオナルドに手が掛からなかった分、ロヴィーサは騒動を起こしてばかり。あのような言葉遣いをどこで覚えてきたのでしょう。これは母親である私の不徳の致すところでした。お詫びのしようもございません。 「ロヴィーサをよろしくお願いいたしますね」  レードルンド辺境伯閣下は、確かにお顔に傷があります。戦いを知らぬ若い令嬢では、怖がるのが普通でしょう。  私にしたら、お役目を果たされた立派なお姿に見えます。国のために命懸けで戦い、生きて戻られた。もし私の息子であったなら、褒め称えて生きていてくれたことを神に感謝しますわ。  でもご実家のメランダル男爵家は「恐ろしい顔だ」「我が子ではない」と距離を置いたとか。伝え聞いた話だけでも腹立たしいですわ。顔が腐ろうと、体が不自由になろうと、腹を痛めて産んだ我が子に違いありませんのに。  塞いでいた娘の口を開放し「寝室でのことは家族であろうと共有してはいけない」と教えるレードルンド辺境伯に、好感度が高まり続けていました。家族に拒まれても恨むことなく、後継の絶えたレードルンド家を立て直す。なんと立派な若者でしょう。 「レードルンド辺境伯閣下、ヴィーは至らぬところの多い娘ですが、根は正直でまっすぐです。何卒……末長くお側に置いてくださいね」  嫁いでしまう娘に鼻を啜る夫に代わり、微笑んで頭を下げました。慌てた様子で彼は「頭をお上げください」と私を気遣ってくれる。ヴィーとお似合いだけれど、二人揃って騙されそうで心配だわ。 「アレクシスとお呼びください、エールヴァール公爵夫人」  うふふっ、まだ他人行儀だけど、娘とはもう夫婦なのでしょう? でも礼儀正しいのはいいことです。国王陛下がお認めになったのも、納得しました。あの子が無理を言ったのも影響していますが、アレクシス殿の人柄も大きいはず。 「アレクシス殿。これからは我がエールヴァール公爵家を実家だと思い、遠慮なく頼ってください。その方が嬉しいわ」  笑顔で添えると、彼はぐっと押し黙ってしまう。拳を握り、堪えるように唇を引き結び……ぎこちなく微笑みました。 「はい、よろしくお願いいたします」 「……こちらこそ、本当に頼む! ヴィーを守ってやってくれ」  娘を取られる悔しさと悲しみ、でも好いた方に嫁ぐことへの安心、男として複雑な嫉妬……すべてを消化し、夫はようやく立ち直った。  ロヴィーサ、あなたは特別美しい容姿に生まれなくてもよかった。賢くなくとも、妖精王の力を扱えなくても。エールヴァールの可愛いお姫様でいてくれたら、それでよかったのに。 「お母様、お父様、私はアレクシス様を幸せにしますわ」  断言する娘のセリフに、ふふっと笑みが漏れた。そうよね、あなたはそういう娘よ。安心して嫁に行きなさい。  背後は父が、脇を王妃殿下や私が……正面から襲いかかる敵をアレクシス殿が遮ってくれる。いずれは父母の立ち位置を、レオナルドとミランダに譲る日が来るけれど。それまで私も全力で守ります。  でもその前に、こんな立派な息子を手放したメランダル男爵家は、相応の報いを受けてもらわないといけないかしら……ね。
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