35.執着と身勝手な思い込みばかり――辺境伯

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35.執着と身勝手な思い込みばかり――辺境伯

 公爵閣下は、隣国の束を手に取られた。慣れた様子で封蝋にペーパーナイフを滑らせる。開封した手紙は、王族の署名が入っていた。名前は知らないが、家名は分かる。  向かいで果物を摘むヴィーは、いつものことと軽く流していた。だが内容は明らかに執着を感じさせる。文面は異常な雰囲気だった。 『我が愛しの妖精姫。そなたに危険が迫ったと聞き、矢も盾もたまらず筆を取った。美しきその姿に傷の一つでも付けば、すぐにも迎えに行こう。どんな悪意や強敵からもそなたを守り抜く自信がある。妖精姫の夫になれるなら、私は約束された王位すら投げ出すだろう』  ここから後ろは読む価値なしと判断した義父殿が溜め息を吐いた。  どうやら手紙の主は、王位継承権の高い王子らしい。さすがに国王本人ではないだろう。近隣国で未婚の王はいないはず。もし既婚で側室に望むなら、それもまた怖い。 「懲りぬ奴だ」  ムッとした口調でこき下ろし、未来の義父殿は手紙を半分に裂いた。一般的に封蝋がされた王族の手紙は、公式文書に近い扱いだ。それをいとも簡単に裂いたので、変な声が出た。 「あっ! よ、よろしいのですか」 「構わん。どうせ返事を出したら清めて燃やす」  それは悪霊扱いではないか? ちらりと視線を向ければ、ヴィーはにこにこと手を振る。いつものことなのか。公爵家の苦労が偲ばれた。きっと最初はきちんと対処していたが、話が通じない者ばかりなのだ。腹立たしくなり、徐々に扱いが軽くなる。  戦場でもこういうバカは発生するが、なまじ地位が高いだけにタチが悪いな。  破いた手紙を足元へ投げる義父殿に、アントンが箱を差し出した。執務室でよく使う書類箱だった。気が利く。頷いて感謝を伝える。 『僕がいたら君を傷つける全てから守る。だから僕のところへ来ておくれ。君が舞い降りてくれるなら、この世界は素晴らしい結果を得られるだろう。美しい君と、優秀な僕の子を生み出すのだから……』  びりぃ……派手な音でまた破られる。今回はさらにもう一度破いて細かくされた。アントンが手を差し出し、受け取って箱に並べる。どうやら分類しておくつもりのようだ。 『お前が傷物になったと噂が広がっている。俺が守る。だから顔に傷のある化け物ではなく、俺をえら……』  びりびりびり! さらに派手に破られた上、義父殿は手紙に唾を吐いた。 「なんて卑劣な男だ」  その通りだと頷き、手紙は用意されたゴミ袋に詰め込まれた。返事を出すなら、封蝋の付いた封筒だけで用が足りる。 「どうせ返答は全て同じだ。我が娘はレードルンド辺境伯夫人となる。その一文だけだからな」  エールヴァール公爵家からみれば、俺は見合わぬ男のはず。元男爵家の三男、実家とは縁を切った。顔や体は醜い傷が残り、美貌を謳われる姫に相応しいとは思えない。それでも選んでもらえたなら、卑屈になるより信頼に応えたかった。 「わかりました。返答は私が出します」 「……任せる。それと、君は普段「俺」なんじゃないか? 気楽にしろ、家族に(かしこま)っても疲れるだけだ」  ドラゴン退治に出た騎士に聞いたと笑い、義父殿は次の手紙を手に取った。目を見開いた俺は「ありがとうございます」と返し、不思議な感情に唇を噛む。その気持ちを隠すように、自ら手紙をひとつ開封した。
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