77.決闘を受けて立つ

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77.決闘を受けて立つ

 囮用の派手なドレスを纏い、私は目立つ位置に立ちました。ある意味敵の目を引きつける役目ですね。  到着した軍船は八隻、王子の我が侭に付き合う限界が、この辺りでしょうか。帝国の皇帝陛下の苦労が偲ばれます。そうそう、この王子様ですが……実は皇帝陛下のお子ではありません。正確には甥っ子ですね。  帝国の威光を笠に着ていますが、あくまで属国の王子様です。王太子でもないので、属国の国王になる未来もございません。  偉そうに船の上から命じますが、声が届きませんでした。喚き散らす姿をぼんやり見ておりましたら、小舟に乗ってこちらに渡ってきました。基本、おバカなのですね。宣戦布告同然で乗り込んだ国へ、軍船を降りて指揮官が交渉に来てはいけません。このくらい、私でも存じておりますわ。  上陸する際は、我が国の兵士の腕力を借りる情けなさ。もう呆れてしまい言葉がございません。まあ、有能すぎる方でなくて、良かったと思うべきでしょうか。作戦を見抜かれる心配は消えました。 「妖精姫を渡せ」 「お断りする」  きりっとした顔で答えるのは国王陛下でなく、夫であるアレクシス様です。まあ当然でしょう。私は現在人妻ですので。 「お前は誰だ」 「……アレクシス・レードルンドだ」 「竜殺しの英雄で、私の旦那様ですのよ」  きゃっとはしゃいで、アレクシス様の腕に絡みつきます。と同時に、お母様の許可が下りました。目配せでの合図に従い、彼の頬にちゅっとキスをします。 「ぐぁああ! 離れろ、妖精姫。そなたの夫はこの私だ」 「いいえ、すでに入籍済みですわ。私が惚れて望んだ夫です」  ここで公然と引導を渡されて帰るなら、それもよし。ヘンスラー帝国の面子はぎりぎり保たれます。人妻だと知らなかった、そう言えば終わりに出来るんですもの。それができるお利口さんなら、このような愚行は起こしませんが。  私の予想を裏付けるように、地団駄を踏んで騒ぐ王子。呆れ顔はこちらだけでなく、敵国側もでした。マントをつけた護衛らしき男性が「人妻では仕方ありません」と宥めるも、王子は聞きません。 「お帰りになった方がよろしいでしょう。妖精姫の名前は伊達ではございませんのよ」  きっちり一度目の警告を行います。これは妖精王様からのご指示でした。警告は二度行い、それらを拒んだり無視された場合に最終手段に出る。  私の周囲で、妖精達が騒ぎ始めました。ヘンスラー帝国の船に何かあるようですね。 「絶対に連れ帰る! たとえ戦になっても構わない」  えっ? そんな顔の将兵の士気は低いです。他人の色恋の騒動で、命を散らしたくないでしょう。至極当然の反応でした。でも気に入らない王子は、今すぐ突撃しろと騒ぎ立てます。二度目の警告を口にしました。 「私はアレクシス様の妻、昨夜も熱く抱き締めてもらって過ごしました。あなたの入り込む隙はありませんわ」 「そ、その話は……人前でするものではない」  真っ赤になって焦るアレクシス様の姿に、後ろでお兄様が「うわぁ、寝室事情が筒抜け」と顔を顰めました。でもお母様は「いいわ、もっと言ってやりなさい」と応援していますし、王妃殿下も「止めを刺しておしまい」と背中を押してくださいました。 「その男を殺して奪う」  宣言と同時に、王子は剣を抜きました。鞘を払って剣先を向けるということは、完全に宣戦布告と見做されます。応援に駆け付けた周辺国の王族の護衛が、警戒を露わに柄に手をかけました。  一触即発でしたか? 一生のうちでこの言葉を使う日が来るとは思いませんでしたわ。 「決闘を受けて立つ」  アレクシス様が背負った大剣を一息で抜きました。竜と戦った際に彼を守った相棒です。抜き去る動きで技量を察し、味方は無言で数歩下がりました。
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