94.あれほど読む本はお選びください、と

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94.あれほど読む本はお選びください、と

 辺境伯家の使用人は、王都の屋敷と同じでとても親切な人ばかりです。先代の血を受け継がないアレクシス様へ不満をぶつけるでもなく、突然連れ戻った私に意地悪をする人もいません。  エレンにその話をしたところ、それが普通なのだそうです。私が読んだ小説と随分違いますわ。  いきなり入り込んだ異物を排除しようと「あんたなんて、女主人として認めないわ」とメイドに固いパンと薄いスープを出されるのでしょう? もしくは「偉そうに、お前なんかが辺境で生き残れるわけねえだろ」と屋敷から放り出されるのですよね? 「奥様、ですからあれほど読む本はお選びくださいと……もう。母君様の影響でしょうか」 「違うわ。恋愛小説を薦めてくださったのは王妃殿下よ」  無言になったエレンは、色々複雑な表情を見せたあとで、大きく息を吐きました。何かを堪えるように眉間を押さえています。具合が悪いのかしら。 「……ともかく、恋愛小説のお話はすべて忘れてください」  ここから、使用人の心構えを教えてくれました。 「主人が誰であれ、心地よく過ごしてもらえるよう努めます。これは義務というより心構えですね。お屋敷を綺麗に掃除するのも、洗濯物を頑張るのも同じ理由です。美味しい料理を用意し、喜んでもらうのも含まれます」 「すごく大変なお仕事よね」 「そう思っていただけるだけで報われます。他にも多々仕事はございますが、一番大切なのは主人を立てること。恥をかかせず、間違っていれば優しく修正します。執事や家令、侍女長になれば、耳に痛い忠告もいたします」  実家の執事がそうだったわね。納得しながら頷きます。時々仕事をサボったお父様を叱っていたわ。あれは大切なお仕事のひとつだったなんて。知らずに、お父様の味方をせず良かった。 「ですので、これから私の話をよくお聞きください」 「わかったわ」 「閨事は絶対に、ご主人様以外の耳に入らないようにしてください。王妃殿下や公爵夫人、ここの使用人も含まれます。次に、ご主人様に「ダメ」と言われたら、一度引いてください。執事や侍女の私に相談なさっても結構ですが、その場で反論しないこと。よろしいですね」 「……アレクシス様との閨を話さない。反論しない……出来ると思うわ」  不満がある場合には、後からきちんとお話しすればいいそうです。全部我慢するのは無理かもしれませんが、頑張ってみましょう。これが辺境伯夫人としてのお役目ですもの。  騎士達と顔合わせの予定が組まれ、早朝から対応です。騎士の皆様のご負担では? と心配したら、私よりずっと朝早いのだとか。驚きましたわ。私も遅い方ではないのですが。  明日の午後は、レードルンド辺境伯領の領都へ出向く予定です。エレンと一緒にワンピースを選び、夕食後はアレクシス様と部屋の前でお別れしました。やはり寂しいので、早くベッドが届くよう祈りましょう。  明日はアレクシス様と同じベッドで眠れますように。
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