1.雷のように突然に

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「――瞬間移動?」 「そうなの。考え事をしていると、いきなりパッと居場所が変わっちゃうのよ」  それこそが、雷がサーニャに与えた『厄介な能力』である。  一応、能力が発動するのには法則性がある。彼女が瞬間的に移動してしまうのは、いつだって自分自身の在り方について、深く考え込んでいる時なのだ。 「あたし、事故で記憶を失くしちゃったから。自分が本当は誰なのか、どこにいるべきなのか、わからなくなっちゃって……」 「大変だね。それで、今もお兄さんと暮らしているの?」 「ううん。瞬間移動するようになってから、周りのみんなが気味悪がっちゃって。だからね、故郷? を出ることにしたの。今はサーカスにいるのよ」  サーニャはカーテンを開け、眼下に広がる夜景の海に目を凝らした。眠りに落ちつつある夜の街の中で、ある一点だけが昼間のように派手に輝いていた。 「ほら、あそこ。あのサーカスで働いてるわ。わぁ……あたし、今日は一段と遠いところまで飛んできたのねぇ」  まるで他人事のようなその呟きに、レイモンドはプッと吹き出した。現れ方も生い立ちも突拍子もない娘だけれど、その素朴で人懐こい性格には好感が持てる。 「帰りはどうするの? また飛んで帰るの?」 「それが……残念ながら、自分の意思では飛ぶ場所を選べないの。仕方ないから、あそこまで歩いて帰るわ」 「途中で近くまで飛べるといいね」 「そうね。ちょっと試してみるのもいいかも。どうせ今晩の公演には間に合わないし」  サーニャはあくまで雑用係で、まだ直接サーカスのショーに関わったりはしていない。いつか、この特殊能力が自在にコントロールできる日が来たら、その時は胸を張ってショーの演目に加えてもらうつもりだ。 「それじゃ。あたし、行くわね」 「うん。気を付けて」 「ありがとう。お邪魔したわ」  サーニャはレイモンドに玄関まで見送られ、帰途に就いた。  ――の、だが。
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