友人の小林くん

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友人の小林くん

「けどあれな…………このままだと、お前いつか忍に捨てられるな?」 ほんのりと顔を赤くした小林が生ビールを飲みながら俺にどこか冷たい視線を向けた。 「───は!?」 突然の台詞に思わず顔を顰めた。 大学からそう遠くない居酒屋で、小林と高木、そして俺の3人で飲んでいる。 今まで普通に会話をし、忍の『し』の字も出ていなかったにも関わらず、小林は当然話の流れです……とでも言うように俺に投げかけた。 「──なんだよ……突然…………」 「オレさぁ……時々忍が不憫になるんだよねぇ……。忍見てるとお前の忠犬みたいじゃん」 やれやれ……とでも言うように首を振りながらそう言うと、小林はまたビールを口に運んだ。 「──は!? そんな事ねぇし!」 「そうかぁ?……お前は友達としては良い奴だよ。オレも好きだ。……しかしだ…恋人としては最悪だぞ?口は悪いわ、すぐ怒鳴るわ、短気だわ……その挙句にまず、言うことを聞かない……」 「────!?」 思い当たる節ばかりで…… 昨夜も実は……シチューを食べたいと作っていた忍に「俺はカレーが食べたい」と……メニューを変えさせたばかりだ……。 返す言葉も見つからない俺に小林はそれでも追い討ちをかける……。 「どうせあれだろ?……セックスもしてもらうばっかなんじゃねぇの?」 「──なっ──なっ──!?」 焦って吃る俺の反対側からも 「あー解る! 光流ってやってやってるイメージ無い」 言って高木がケラケラと笑いだした。 「────!?」 その会話に顔を真っ赤にした俺に小林が呆れたように続けた。 「──それっ!そういうとこ!変にウブって言うか………お前高校ん時から、普通にやってんじゃん……なのに何でこの会話でそこまで顔赤くすんの?」 「……なっ…………別に好きで赤くしてる訳じゃねぇわ!」 「だから…そういうとこなんだって!……散々やってきたクセに『何も知りません』みたいな顔してんじゃん?……なんかなぁ……それに忍が見事に騙されてて……」 そう言って大きなため息を吐く……。 「だっ…騙してなんかねぇしッ!……」 「じゃぁちゃんとやってやってんのかよ?」 「───え…………」 「忍が喜ぶ様なこと……してやってんの?」 俺だって……ちゃんと………… 日々の記憶を思い巡らせる……。 飯を作るのも忍……。 掃除と洗濯は……時々やるけど……基本忍……。 よ……夜も…………忍の前戯で我慢出来なくなった俺が…………ただ………………。 思わず血の気が引く……。 「……上に乗ってやったりとかさぁ……フェラとか……してんの?……」 そしてまた…………小林が追い打ちをかける……。 「…………し…………してない…………」 「つまり……マグロだ…………」 小林の呆れた言葉を高木がまた声を上げてケラケラ笑っている。 「ぽいぽいっ!光流エッチの最中もえばってそう!自分のは舐めさせるけど、忍のは絶対してやらなさそうだもん」 そう言って笑い続ける高木に 「舐めさせねぇよッ!!」 ついムキになって立ち上がり叫んだ俺に周りの客も振り返る……。 「……やっぱり……お前…………遅かれ早かれ捨てられるわ……」 この時の俺は、恐らく顔面を赤くしたり青くしたり……信号機の様だったに違いない……。 そして最後……青くなったまま……俺は家路に着いた…………。 帰り道…………何故か罪悪感と焦燥感に苛まれてる俺は忍への手土産にコンビニでスイーツを買った。 「先輩、おかえりなさい」 笑顔で出迎える忍へ 「……ん……」 とコンビニの袋を差し出す。 「…………?」 不思議そうに受け取る忍に 「……スイーツ…………一緒に食べようと思って……」 何だか気恥ずかしくて、つい視線を逸らしてしまう。 「──ありがとうございます!……ガチで……嬉しい…………」 こんな事にすら……頬を染めて喜んでいる忍に胸が痛くなる……。 「すぐコーヒー入れますね!」 嬉しそうにキッチンへ向かう忍に……罪悪感も焦燥感も……増していった……。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 部室で忍がいないのを確認すると 「……あのさ…………」 雑誌をめくる小林に声を掛けた。 それも小林がやっと聞き取れるくらいの小さな声で……。 「───んー?」 雑誌から目を離さず適当な返事を返す小林に 「…………来週さ……忍の誕生日なんだけど……なんか……良いプレゼントないかな……」 また小声で言う俺にやっと顔を上げると、怪訝そうに眉を顰めた。 「……………なに………突然………」 「なにって……」 「そんなもん、本人に聞けよ……」 「──それが出来ないからお前に聞いてんだろ⁉︎」 つい語尾が強くなる。 「……何で出来ないんだよ…?」 「───だっ……だって!……聞いたら…サプ……サプライズに…ならない……から…」 どんどん尻窄みになる俺の言葉に 「……はぁーん……」 小林はニヤッと笑った。 「この間の…………気にしてんだ?」 「───べッッ別にッッ!」 「……まぁまぁ、……そりゃ……気にするよな……。お前が忍に惚れてるのは一目瞭然だもんな」 その言葉にまた顔が熱くなる……。 「それを忍本人が気付いてるかどうかは、別としてだ……」 「───!?…………」 「ツンデレと言えば聞こえが良いが……お前は『ツン』が多すぎる……と言うより……むしろツンしか無いと言っても過言では無い……」 「…………そ……そんなに…………?」 そして今度は血の気が引く…………。 「まぁ、ここで忍への愛情を目に見えてちゃんと示す事は正解だろう。まぁ……遅すぎる様な気はするが……」 「………………へ…………」 思わずマヌケにも程がある声を上げた俺の顔は、恐らく顔面蒼白に違い無かった……。 忍がいなくなる世界線を生き延びられる…… 自信が無い…………。 「なになに!? なんの話!?」 突然会話に加わろうとした高木が部室に入ってくる音にすら……俺は気付かなかった。 それくらい…………焦っていたのだ…………。 「そんな顔すんなよ」 小林はそう言うと俺の肩に手を乗せ 「俺に任せておけ……。忍の喜びそうな誕生日を……俺が責任を持ってプロデュースしてやる」 自信満々に……そしてどこか楽しげに笑った……。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「…………ガチで…………これ着んの……?」 小林から渡された純白のドレスを、俺はまた血の気の引いた顔で見つめていた。 忍の誕生日当日に───。 「忍に……捨てられたくないんだろ?」 小林の冷たい言葉に生唾を飲む……。 そして手にしている純白のドレスをもう一度よく見つめる。 ただのドレスならまだ良い……。 どう見ても…………それ仕様の………… 多分……女の子が着たら胸がほぼ丸見えで……尻が隠れるか隠れないかの……ちょーミニ……。 「エロいウェディングドレスなんて……本当に探すの大変だったんだからな……」 まるで…俺が探してくれと頼んだかの様に大きな溜息を吐く小林の言葉に、耳を疑いながらも俺はそのドレスから目を離せずにいた。 「後はお前が入るサイズの箱を用意したから、お前は箱の中で忍の帰りを待て。そして帰ってきた忍が箱に近寄ったタイミングで……」 「お誕生日おめでとうー!! 忍♡♡」 「そう言って箱から飛び出して抱きつく……」 俺の“役” をして箱から飛び出すマネをしていた高木を横目に『うんうん』と満足そうに頷く小林を思わずガン見する……。 ───こいつら……本気か…………? 愕然として言葉を無くす俺に 「忍に捨てられたくないんだろ……?なら今日くらいサービスしてやれよ……」 「……サ……サービスって………ただの…女装…じゃ………」 「光流!」 異議を唱えようとした俺の言葉を遮ると 「なら……逆に聞くが……他にお前は何が出来る!?」 「…………え…………」 「お前の唯一の特技を生かさなくてどうする?」 ───え…………女装って……俺の唯一の特技なの……?俺……それしかないの……? 「なぁ光流……仮にこれが……逆だったらどうだ?」 今度は諭すような言い方で小林が俺の目を真剣に見つめた。 「……し……忍が女装するってこと…………?」 「違うっ!! あんなデカい女がいてたまるかっ!……そうじゃない……」 「…………じゃぁ…………」 既にパニック状態になっている頭の中をまだ小林がかき乱す……。 「───忍がめちゃくちゃ甘えてきて………お前を求めてきたら…………どうだ?」 「─────え………………」 「普段は見せない様な顔で…………あんなことや、こんなことまで…………してくれたらどうだ?」 「───そ………………それは…………」 確かに…………甘えてきた忍が………………普段見せない様な顔で………… 『……先輩…………光流先輩…………』 思わず想像してしまう…………。 『…………光流…………』 “あの時の……忍を……” そして……いつも以上に甘える忍が………いつも以上に…………激しく………… そしてお約束通り顔を真っ赤にする俺に 「だろ?……普段お前に尽くしいる忍のそんな姿でさえ萌えるのに……ツンしか無いお前がしてみろ……忍が喜ばない訳が無い。そうだろ?」 ───確かに…………。 この時の俺は、パニック状態に陥っていて、小林が至極真っ当な事を言っている……そう勘違いしてしまっていたんだと思う。 「それに……このドレスは今回のイベントの本質じゃぁ無い…………」 「───え…………?」 「まぁ……任せておけ。最高の誕生日にしてやる」 そう言って優しく微笑む小林に、頭のどこかで不安を感じながらも…… しかしその真剣な眼差しに……俺は完全に洗脳されていた……。 冷蔵庫の中のケーキとビール、そして簡単な食事代わりのいつもより豪華にした“つまみ”を確認する。 そして───俺は振り返り壁に掛けられているドレスに目をやる……。 今日俺は“どうしても実家に寄らなければならない用事が出来て帰りが遅くなる”…忍にはそう言ってあった。 そして小林たちが俺の準備が整うまで忍を引き留めておいてくれる……そんな手筈になっている。 俺は諦めた様に溜息を吐くとドレスを手に取った………。 長い髪をふんわりとカールさせ純白のドレスを身に纏った………顔面蒼白の女が鏡に映る……。 確かに……“胸から上だけ”を見たら花嫁のそれに見えるかもしれない……。 しかし……どう頑張ってもガバガバの胸は乳首が丸見えだし、丈の短すぎるドレスはスースーして何も付けていない “俺のアレ” が縮こまっている…………。 ───最悪だ…………。こんなの全然エロじゃなくて……マヌケもいいところじゃねぇか…… 唯一……エロく見えるとしたら……ガーターベルトに止められた網タイツくらいだろうか……。 「…………やっぱりパンツ……履こうかな……」 一人きりのアパートでボソッと呟く……。 小林にパンツを禁止されていたからだ……。 「ドレスを捲って見えたのがボクサーパンツだってみろ!こんな萎える事ないぞ!」 あの時は『そっか……』と思ったが…… 縮こまったチンコよりはなんぼかマシな気がして俺はもう一度パンツを履き…… 短すぎるドレスの下からチラチラ見えるパンツの裾が……やはりマヌケさを際立たせた事に気付き、溜息と共に結局それを脱いだ……。 もう何をしていても落ち着けない……。 背中にイヤな汗までかき始めた俺は深呼吸して、言いつけられたミッションにだけ集中した。 「……忍が帰ってきたら飛び出して抱きつく……忍が帰ってきたら飛び出して抱きつく……忍が帰ってきたら飛び出して…………」 呪文のように口の中で繰り返す。 冷静になって考えれば、マヌケな格好をした顔面蒼白な男がブツブツとなにやら呟いている………こんなイタイヤツに、俺ならどう間違っても萌えたりしない……そう解りそうなもんだが、この時の俺は完全に魔法に掛かっていて、自分がそんなにイタイことになっている事にすら気付いていなかった。 小林に“支度が終わった”そうメッセージを送るとすぐに“了解”と返ってくる。 俺はもう一度深呼吸すると、腹を括り箱の中へと入るとリボンが付いた蓋を閉めた。 そして予定通り忍へ『アパートにプレゼント置いてあるから』とメッセージを送った……。 正に震える手で……。 そしてまた俺はイタイ奴に戻ると……呪文を繰り返し始めた…………。
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