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4月1日。街は新大学生や新社会人そして人事異動で新しい勤務地へと赴く人々の希望に満ちた顔を彩るように桜が咲き誇っている。
そんな中、私はひとり人生の終了のお知らせを聞いたような顔をして歩道を歩いていた。
いままで…いや昨日までだったら『桜が満開だから見に行こう。』とインドア派な交際中の彼を引っ張って出かけていたかもしれない。
昨日までじゃないな。ほんの1時間前までは彼を誘う気満々だったのだから。
たまたまバイトのシフトの変更があり、合鍵を持ってその足で訪ねた彼のアパートの玄関には見慣れぬピンクのパンプスが揃えられていて、呑気な私はそれを自分へのプレゼントかと有りもしない期待をして狭いキッチンと部屋を仕切るドアを開けてしまった。
目の前には朝から重なり合っている彼氏と私の友人。
「さくら…なんで。」
「あ、これは、その…誤解で…」
彼の言葉に呆れてしまう。この状況の何が誤解というのか。いっそ開き直ってしまえばいいのに。
「大丈夫。荷物まとめたら帰るから。」
口籠る彼と勝ち誇ったような顔の友人を極力見ないようにして、近くあった紙袋に彼の家に置いていたお泊まりセットを突っ込むとキッチンのテーブルに合鍵をガチャっと置いて部屋を出る。
川沿いの遊歩道は桜が満開で綺麗なはずの桜が私の心を締め付ける。
「さくらなんて大嫌い。」
アパートでは1ミリも出なかった涙が部屋を出た途端、溢れ出した。
彼の名は佐倉智樹、友人の名は本橋咲良。
ふたりを引き合わせた時
「私が彼氏さんとだと佐倉咲良になっちゃいましたね。」
なんて言っていたのは冗談じゃなかったってこと?
ふたりの名前を思い出させる桜の樹が、この日から私は嫌いになった。
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