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名所というやつがある。
星がきれい。
海がきれい。
食べ物が美味い。
そういった土地の特徴を、土地そのものと結び付けて売りとする手法だと認識している。
で、だ。
ここは桜の名所として知られている。
ちなみに、我が家から徒歩1分。名所というか、近所だ。
確かに、満開になった桜はきれいだし、美の神が手を加えたのかというくらい、桜の木の配置も完璧だった。
湖を囲うように並ぶ木々は、風に吹かれるとその花弁を散らす。春のおだやかで優しい風に舞い上げられた花弁は、ひらひらと宙を舞い、湖に落ちる。そうして、少しずつ青い水面は、桜色に色付く。
雅だとか、風流だとか、そういう言葉が似合う場所だと思う。
しかし、あまりに近所過ぎるのである。
こう、当たり前のようにそこにある風景だと、すごいなーとは思うが、感動! とまではいかないものだ。
とはいえ、この場所がきれいなのはその通りだし、あまりにも早く目が覚めた朝にのんびりと時間を過ごすにはちょうどいい。
現在、朝の五時。
いや、早すぎるだろ。
なんで休みの日にこんな早起きしちゃってるわけ。
しかし、バッチリ目が覚めてしまったのか、二度寝しようにも寝付けず、こうして外へ出た。
この時間だと、花見シーズンだといっても人なんてほとんどいない。
場所取りしてるやつや、昨晩から飲みまくって伸びてるやつが数人いる程度。
まあ、考え事するには静かでいい。
「あれ? 先生じゃん」
と、思った矢先、よく知った声が聞こえてくる。
空耳かな。
「え? マジ? 無視しちゃうの?」
まあ違うわな。見えるし。絶賛見えるし。
「先生ってば!」
「うるさいぞ村川。先生はな? 学校いるから先生なんだよ。つまり、今は先生じゃないの。わかるか?」
「先生は先生じゃん。私にしてみれば場所関係なく先生は先生じゃん。親は家にいなくても親じゃん」
「お前、バカなくせにそういうよくわからん理屈話すのだけは得意だよな。ん? というか、お前なんでこんな時間に出歩いてんだよ。あれか? 健康に目覚めたのか? それとも朝帰りか? それなら見なかったことにしてやるから去れ。じゃあな」
「冷たすぎるでしょ。しかも、そういうの聞くの、セクハラなんだよ」
きゃんきゃんとまくしてたてるのは、俺の生徒、村川巡。
ザ・地獄なわが職場、淀川高校2年3組を代表するおバカガールだ。
なんでよりにもよってこいつと会うかね。
「先生こそなにしてんの?」
「早く目が覚めたから散歩してたんだよ」
「座ってんじゃん」
「細かいやつだな」
「私はね……」
「聞いてないぞ」
村川は俺の言葉を無視して続ける。
「事実を確かめにきたんだよ」
「なんのだよ」
「桜の木の下には、死体が埋まっているのか問題」
「バカ」
「一言で切り捨てた!」
「あのな、それは、小説での話だろ」
「え? ウルトラマンでしょ?」
「……邪魔したな。じゃあ俺は帰るから」
「ちょいちょい! 生徒の疑問に答えようみたいな考えないわけ?」
「あると思うか? この俺に? そんな感情が?」
「ないよね」
「だろ?」
しばしの沈黙。
「でも、気にならない?」
「フィクションよりノンフィクションが好みでね。というか、どう確かめるんだよ」
「これ」
そう言って村川は、ポケットから、サイコロ程度の大きさの、透明ブロックを取り出す。
「なんだこの謎ブロック」
「霊がいると光るんだって」
あまりにも自然にそんなことを言うもんだから、「へぇ」と納得しかけてしまった。なんて言った? 霊センサー?
「お前、ぼったくりとかそういう類じゃないだろうな。変な霊感商法に引っかかるなよ。学校で問題になったりしたら、俺に迷惑がかかるんだぞ?」
「そういのじゃないってば! あのさ、うちの近くに、発明家のおじいさんが住んでるんだ。昔はすごい発明いろいろして、特許とかもとってるんだって。けど、そうやって稼いだお金を、本当に自分が作りたいものを発明するためにバンバン使っちゃうから、生活は大変らしいんだけど」
「で? そのマッドサイエンティストに押し付けられたのがそれか」
「押し付けられたんじゃないよ。霊が発するプラズマなんちゃら? みたいなのを正確に読み取って光るんだって」
「そりゃよかったな。じゃあがんばれよ」
「一緒に来てよ」
「なんで」
「……ちょっと怖くなったきた」
「お前、すがすがしいほどにその場その場で生きてるよな」
まあ、そこがこいつの良いところではあるんだが。右から左まで全部周りに合わせようとするやつが多い中で、こいつにはしっかりとした「自分」がある。そういう染まらない自分を持ってるやつには、個性がある。まあこいつはありすぎだが。
「なに?」
「……まあ、ちょっとだけなら付き合ってやるよ」
「マジ!?」
「ああ」
「ありがとう先生! じゃあ、早くいこ!」
村川は足早に歩き出す。さっきまでの静けさがすっかりなくなっちまった。
湖の周りを歩きながら、なんとなく気になったことを聞いてみる。
「幽霊見つけんなら、夜中とかじゃないのか?」
「うん。私もそう思ったんだけど、おじいちゃん博士が、本来幽霊を計測しやすいのは日が出るかで出ないかくらいの早朝がいいんだって。なんか、夜は人間の感覚が鋭くなってて、そこにあるものをそのままの形では認識できないとか言ってた」
「どういうことだ?」
「わかんないよ。聞いたままを言っただけだもん」
「じゃあ、なんで幽霊に興味持ったんだ」
「ウルトラマン観てて、そういう話が出てきたから、調べたんだ。そしたら、この公園にちょっとした噂があってさ」
「噂?」
村川は、「うん」と言い、調べた内容を話し出した。
要約すると、ここで心中があった。
けれど、女のほうだけ死んでしまった。
こういう話でありがちな、未練によって怨霊と化した女性が、相手を呪い殺して、みたいなことはなく、ただそうした事件があったということだけが語られているということだった。
「じゃあ、なんのために調べるんだよ。別に実害ないんだろ?」
「うん。けど、もしかしたら怨霊になってないだけで、まだいるかもしれないじゃん。ずっと待ちっぱかも。もしそうなら、成仏したほうがいいんじゃないって、言ってあげたくない?」
こいつは、純粋だ。バカ純粋すぎて心配になってくる。
「まあ、それで気が済むんならいいんじゃないか」
「うん」
俺たち二人は、木々の中で一番大きな桜の前にやってきた。
村川は、霊探知機をじっと見つめている。だが、変化はない。
「いなさそうだな」
「うん。よかった」
心から安堵している。そんな声で、村川は言う。
「悲しいもんね、ずっとこんなところにいたら。うん。よかった」
村川はそう言って笑う。
と、その手に持っていた探知機が、淡く光り始めた。澄んだ緑色のような、きれいな光だった。
「いる?」
村川が俺に聞く。
「たまたまだろ」
俺はそう返したが、村川は光る探知機を強く握り、木に向かって語りかけた。そこに、「誰か」がいると強く信じているのが、横顔から感じ取れた。
「私、まだ恋らしい恋とかしたことないし、死んじゃうほどの恋とかもたぶんすることはないと思うけど、それでも、ずっとこんなところに一人でいるのは寂しいと思う。天国とか、そういうとこがあるのかわかんないけどさ、そういうところに行って、新しい幽霊人生始めたほうがいいよ」
なんだ幽霊人生って。とつっこみたくもなったが、村川は真剣に語りかけていた。
「うわ」
村川が声をあげる。手にしていた探知機が、さらに光りだしたからだ。
光はどんどん強くなり、透明な表面は、まるでエメラルドのような美しい緑色をしている。マジか? これ、もしかして、マジのオカルト現象なのか?
俺がそんなことを考えていると、いきなり強い風が吹いた。目を開けていられないほどの突風だ。
村川が顔を覆う。俺も手をかざして風を遮る。
俺たちの横を通り過ぎていった風は、空に舞い上がるようにしてさらに強く吹いた。
その風に舞い上げられ、桜の花弁が渦のように俺たちの頭上で舞う。
「めっちゃきれい」
確かに、それはとても美しい光景だった。
「行ったのかな?」
「さあな」
俺と村川は、空に舞う花弁を見つめる。
「最高のお花見じゃんね」
「ああ。それは間違いない」
「あ、そろそろ帰んないと。ママが起きる時間だ」
「なんも言わずに出てきたのか?」
「うん。こういうのは勢いが大切だと思って」
「早く帰れ」
「うん」
村川は「じゃあね」と言って駆け出すが、少し進んだところで立ち止まり、振り返った。
「また学校でね!」
そう言って、また駆け出す。
「俺はお前の友達かっての」
日が、ほとんどのぼっている。
まもなく朝が来る。
まあ、たまにはこんな日もあっていいのかもな。
たまに、あくまでも、たまにだが。
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