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婚約破棄の慰謝料
―ブールス王国貴族学校卒業パーティーにて―
「マリア。残念ながらお前との婚約は破棄する」
ダンスホールにはブラン王子の声が響き渡った。ブールス王国の王位継承権第1位であり、今回の卒業パーティーの主役でもある彼の怒号に参加者たちは狼狽する。あろうことか、主役の第一声が長年付き添った婚約者に対する婚約破棄宣言だったこともその混乱を助長した。
本来であれば、王子と婚約者は卒業ダンスパーティーの中央で踊る主役なのだ。にもかかわらず、マリア公爵夫人はひとりでパーティー会場にやってきた。その一方で、王子は婚約者ではない女性をエスコートしながらパーティーに参加したのだ。
異様な光景。
おそらく、王子の傍らにいる女性は、新しい王子の恋人であり婚約者になる予定の女性だと会場の全員が察していた。
「なにを……」
マリア公爵夫人は肩を震わせている。その表情には絶望の色が見えた。
彼女の美しい金髪の震えが、彼女の心情を物語っている。
王子は、その元・婚約者の様子を見て満足そうしていた。ピンク色の浮気相手の髪を優しくなでている。
「お前の今までやってきた悪行はわかっている。まさに、物語に出てくる悪役令嬢その人だ。このミーサを田舎者だとバカにして、取り巻きと共にいじめていたようだな。そのような慈愛のない女が次期国母になるなど、言語道断。お前は、我が婚約者にふさわしくない。よって、ここから消えろ!」
マリアは、その様子をぼう然として見ている。
「私はいじめなどしておりません。ミーサ様には、社交界のマナーをお教えしていただけで……」
「言い訳は見苦しいぞ」
「ですが……」
王子は青い髪を振り乱した。短気な性格と言われている彼だが、今日は特に気が短かった。
「口ごたえは許さないぞ。すでに、不敬の域まで達している。お前たち、この女を逮捕しろ!!」
マリアは兵士たちに取り囲まれた。
「お待ちください。殿下!!」
ダンスホールに若い男の声が響いた。王子の側近である執事・ラファエルだった。王子とマリアの幼なじみで年上の兄のような関係だった。
「ラファエル!? お前まで私に逆らうのか!!」
「違います、殿下。ここで婚約破棄をしてしまえば……国王陛下派との融和の象徴だったこの婚約をどぶに捨てることになってしまうのです。お考え直しください」
「うるさい!! マリアをかばうならお前も敵だ。お前はクビだ。ここからいなくなれ!」
王子は怒りに狂い側近まで解任してしまう。
「ぐっ……仰せのままに」
そう言ってラファエルは会場を後にする。
マリアはその光景を見たことで怒りに震えていた。
「もう一度繰り返す。マリア、お前との婚約を破棄する。わかったか!!」
王子は怒声を繰り返した。
マリアは目を見開き、さっきまでの弱さを捨てて切り返した。
「はい、喜んで!!」
公爵夫人の思わぬ返事に会場は凍りついた。
「なんだと!?」
「婚約破棄を喜んで受け入れると言っているのです。ただし、殿下は王位継承権を持っていると言えども、法令には縛られます。わかっていますか?」
「……えっ!?」
王子は震えた。
「これは一方的な婚約破棄です。であれば、婚約破棄した側である殿下は、私に慰謝料を払う義務が発生します。当然ですよね」
この言葉で場の流れは完全にマリアに傾いた。彼女は続ける。
「さらに、こんな公衆の面前で罵倒されて、我が家名は大変に傷つきました。当然のことながら、その影響で慰謝料は増額されます」
「金を払えというのか!? この女狐めっ。いくらだ。いくらでも払ってやる」
「であれば、この場合の慰謝料の相場は年間収入の半分とされています。殿下の内廷費の半分。つまり、5000万ルーブルをお支払いください」
「5000万だと!! 庶民が一生遊んで暮らせる金額だろ。それはいくらなんでも……」
「であれば、どうしてこのような場で婚約破棄など申し出たのですか? 王族が公共の場で嘘をつくことがどれだけ危険か、わからないのですか、殿下は?」
会場もマリアに同情的だった。王子は、要求を受け入れざるを得ない状況に追い込まれていた。
「わ、わかった。その金額を支払う。それで、俺とお前は終わりだ。いいな、わかったな!!」
さきほどまでは、マリアを追放してやるくらいの勢いを持っていた王子は急に弱気になって、彼女に全面降伏した。大それたことをしてしまったのかもしれないと、後悔しながら。
逆に、マリアはつきものが取れたかのようなすっきりした顔になっていた。
「(ああ、よかった。だって、政略結婚でしかたなく婚約したのに、このバカ王子は浮気ばっかりで。さっきは、腹が立ったけど……これはむしろ幸運だったのかもしれないわよね。だって、あんな嫌な男と一生添い遂げなくちゃいけなかったのに、向こうから大金を積んで私を追い出してくれたんだし)」
彼女はポジティブになっていた。
「(そもそも、私には身寄りがいない。お父様とお母様は早くに亡くなってしまったし。学園卒業後は、王子と結婚するつもりだったから働く予定もない。私は完全に自由の身よね。遺産と慰謝料があるから、しばらく困ることもない)」
王子とマリアの婚約は、国王派とその弟派の対立を和らげるためのものだった。国王に子供はなく、弟の子供である甥を王位継承者に指名するにあたって、せめてもの抵抗で国王の側近の娘だったマリアが王子の婚約者に指名された経緯がある。
彼女は公爵家の一人娘であり、両親が亡くなってからは公爵の当主でもあった。
「(このままじゃ社交界にも居場所がないから、旅行でも行こうかな?)」
彼女は自由の身になった反動で、今まで許されなかった旅行に憧れを抱いた。見知らぬ土地で美味しいものを食べて、素敵な景色を見る。
「最高ね、決めたわ!! これからは旅行三昧ね!!」
彼女はウキウキしながら、会場を後にするのだった。
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