ふたり

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ふたり

 彼女は、消えるように卒業パーティー会場の外に出た。  彼女が外に出るのは不自然なことではなかったし、注目は狼狽している王子に向かっていたから、めんどくさいことも一切なかった。あそこまで公の場で婚約破棄を宣言してしまえば、もう何の余地もない。国中のいたるところに、噂は駆け巡るはず。そうすると、いろいろと面倒だからできれば明日の朝には旅行に出発したい。  そして、会場の外にはさきほど、王子の執事を解任されたラファエルが立っていた。 「ラファエル様……」  思わずマリアは、執事に話しかけてしまう。なぜなら、自分のために職を失ったラファエルを不憫に思っていたからだ。 「申し訳ございません。マリア公爵夫人。あなたの名誉を傷つけてしまいました。主人に代わり、お詫び申し上げます」  ラファエルは、王子の執事。執事と言っても、その高い能力からボディーガード兼政策秘書のような役割を持っていた。貴族階級出身者ではないが、その有能な能力で王子の側近まで登りつめた男である。 「それは大丈夫ですよ。むしろ、すっきりした気もしますし……それよりも私をかばったせいであなたまで解任されるなんて。本当にごめんなさい。でも、きっと大丈夫よ。殿下は、あなたなしでは何もできませんから。きっと、数日もすればすぐに呼び戻されると思いますが……」  ラファエルは、マリアが王子の婚約者になった3年前と同時期に王子に仕え始めたため、ふたりはよく顔を知っている。 「いえ、今回の件で、さすがに愛想がつきました。私は転職させていただきますよ。あのまま王子の側近でいれば、自分にまで火の粉が飛んできそうだ」  まるで沈没船から逃げるネズミのようなことを言うのね。マリアはそう思って笑う。そして、彼女は公爵家当主としてすぐに思いついた。この有能な執事をわざわざ他人に取られたくはないと。  そもそも、さすがに女一人旅は危険だ。しかし、家を守る側近たちは若い者はほとんどいない。ボディーガードとしても有能な彼が旅行に一緒に来てくれるならこれほど心強いことはない。  そして、ひそかに有能な執事に憧れていた淡い気持ちもあった。  彼女は、勇気をこめて彼を誘う。 「ねぇ、ラファエル様? もしよろしければ、私に仕えては下さりませんか?」  王国の有力な貴族であるマリアの申し出に、ラファエルは驚きの声を上げた。 「なっ……」 「実は先ほど、殿下から莫大な額の慰謝料をいただくことになったのよ。だから、そのお金を使って国中を旅行しようと思って……でも、さすがに女貴族の一人旅は危険だから、あなたに一緒に来て欲しいのよ。あなたはこの3年間、ずっと私たちのために頑張ってくれていた。だから、あなたなら絶対に大丈夫だと思うの」 「ですが、マリア公爵夫人は未婚の身ですよね。そんな方が男と二人で旅をしていいのですか?」 「それは問題ないわ。だって、さっきのような騒ぎを起こしてしまったのよ。国内で私と結婚しようと考える人なんているわけがないじゃない。王太子ににらまれている女だもの……自分で言うのもあれだけど、かなりの地雷物件になってしまったのよ。だから、いろいろと落ち着くまではどこか遠くに行きたいのよ。ねっ、いいでしょ?」  今まで王子の婚約者という重い仮面を被っていたマリアは急に年頃の女性のようにラファエルに甘えていた。本来の性格はこちらなのかもしれないとラファエルは感じている。  年相応の好奇心と、ユーモアのセンス。美しさはもちろんありつつも、まるで少女のように甘える姿はこの3年間見てきた公爵夫人とは別人のようにも見える。  その姿が執事には、魅力的に映ったのかもしれない。 「よろしいのですか……私で?」   「違うわ、ラファエル。私はあなたがいいの。あなたじゃなきゃいけないのよ。だから、お願い。私の手を取って?」  女は力強く断言して、彼に向かって手を伸ばす。 「あなたが選んでくれてよかった」  ラファエルは、安心したように笑ってゆっくりと右手を女の手に伸ばした。 「えっ?」 「いえ、こちらの独り言です。マリア様のように聡明な方に仕えることができるのは、光栄です」  ふたりはお互いに手を握り合う。  お互いの体温がしっとりと伝わっていく。 「不思議ね。私たちはさっきすべてを失ったばかりなのに、もう新しいものを手に入れることができた。人生って不思議だわ。さっき失ったものよりももっと大事なものをつかんだように思えるのだから」  ふたりはまるで共犯者になったかのように力強く手を握り合う。 「では、マリア様……」  だが、マリアはラファエルの言葉をさえぎった。 「ちょっと待って、ラファエル様。私は、お嬢様って呼ばれたいわ」 「えっ!?」 「イケメン執事にお嬢様って呼ばれるのが、女の子の夢みたいなところあるじゃない。それに、旅先でもマリアと呼ばれる身分がばれちゃうかもしれないし。そこはごまかしましょうよ」 「では、お嬢様。私もラファエル様はよしてください。私はあなたの執事で……」 「ダメよ。そこは譲れない」  そして、ふたりは笑い合う。 「でも、まさかここまでとは……」 「なにが?」 「殿下ですよ。まさかここまで暴走するとは思いませんでした」 「仕方がないわ。もう、我々には過去の人よ。この際は過去は振り返らないで楽しむしかないわ。それでいいでしょ?」 「はい、お嬢様!」  そして、ふたりはゆっくりと歩きだした。
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