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乗り越えるマリア
そして、ラファエル主導の下で海兵たちが二人を抑え込んだ。王子は完全に戦意を失っている。ミーサの方は半狂乱になって抵抗しようとしたが、複数の屈強な兵士たちに簡単に取り押さえられてしまう。
「放しなさい。私は王太子殿下の婚約者ですよ。次期皇后になんて無礼なことを……」
彼女がどんなに抵抗しても逃げることなんて許されない。
王子はぐったりとしていて、もう抵抗するつもりもないようだ。
私はすでに内務省側に連絡を取っている。明日にでも王都から迎えが来ることになっていた。私の父の友人であり、後任の内務卿であるグリズベン伯爵が……
「なぁ、マリア聞かせてくれ。お前は、内務省が送り込んだスパイなんだよな。そうだって言ってくれよ」
王子はなんとか口を開いた。そう思い込まなければ、もう心が壊れてしまいそうなのだろう。マリアを裏切って選んだミーサの本性を見せつけられたのだ。
これでマリアが噓偽りなく彼を支えようとしていたと知れば、王子のやり場のない怒りは間違いなく自分の心に向かう。
ミーサにだまされずに、マリアと関係を修復して国王になる。それが一番の選択肢だったという残酷な事実を受け入れなくてはいけない。
彼女は何と答えようか考えてしまった。ここで「そうですよ」と答えた方が王太子の気持ちを救うだろう。でも、嘘をつくことはできない。
「殿下、私はあの婚約破棄された瞬間まで、あなたと一緒に戦うつもりでした。それが叶わなかったことが残念でなりません」
マリアの事実上の死刑宣告を聞き、王子は絶叫する。
「じゃあ、俺は一体なにをしていたんだ?」
マリアはその様子を見ながら目を伏せた。恋愛感情は残っていないが、親愛の情はまだ残っていた。3年間以上、婚約者として傍らで一緒に困難を乗り越えたのだ。
だから、絶望した彼を直視することはできない。
王子は目を閉じて、そして連れていかれた。
「ご立派でしたよ、お嬢様」
ラファエルはそう言うと、横に立った。
「ありがとう。少しだけ甘えるね」
マリアは彼の肩を抱き、頭をそちらにあずけて涙を抑えていた。
少しずつ夜は更けていく。
※
―翌日―
王子たちは、内務卿に引き取られた。
「オルソン卿、あなたはいかがいたしますか?」
内務卿にそう聞かれたマリアは、吹っ切れた顔で「私たちは今、国を回る旅をしているのです。まだ、行きたいところがあるのでそちらに寄ってから王都に戻りますわ」と答えた。
行先は、王国最大の魔法都市・グランドブールだ。
※
こうして王太子逃亡事件は解決された。
そして、ふたりはシーセイルの街を出る。海沿いの道を馬車で走り、西へと向かった。次の目的地は魔法都市グランドブールだ。
「……」
昨日のこともあって、マリアは口数が少ない。ラファエルもそれがよくわかっている。だからこそ、彼女を気遣いラファエルもただずっと横にいることにしていた。すでに、二人の気持ちは完全に共有されている。
答え合わせなどする必要がない。
むしろ答え合わせをしてしまえば、マリアが余計に傷つくだけだ。
無言で流れていく風景を見ることだけでも、彼女の心を癒してくれるはずだ。
季節は、変わりつつあった。風は冷たくなり、木々は少しずつ枯れていく。命の循環が最初へと戻りつつあった。
「グランドブール、楽しみね」
マリアはポツリとそう言った。
「ええ、国内唯一の魔法都市ですからね。私も噂しか聞いたことがないので、実際に行くのが楽しみですよ」
「そうね。実は、私も行ったことがないのよ。だから、すごく楽しみ。今なら魔法祭の時期でしょ?」
「はい。魔力を使って街全体が姿を変えるお祭りと聞きますね。そんなことができるのも、国内広しと言えども、グランドブールだけですから。それにしても意外ですね。お嬢様は国内のほとんどの場所に行っているものとばかり……」
「そうね。公務もあるからいろんなところを回ったけど、なかなかグランドブールには行けなかったのよ。だから、今回は本当に特別よ」
ディヴィジョンとシーセイルも、彼女が観光したかった場所だ。ただし、そのふたつの街は何度か公務で訪れたことがあった場所でゆっくり観光したことがなかったからもう一度出向いたのだ。
だが、今回は違う。彼女たちは一度も訪れたことがない場所を目指していた。
心の区切りをつけるにはちょうど良いのかもしれない。
まだ見たこともない場所へと行くのは、たくさんの刺激を受ける。
「今回はそこまで遠くないので夕方にはつくと思いますよ」
「あら、そうなの? 残念ね。また、野宿とかしてみたかったのだけど……」
「公爵家の当主が何を言うんですか。普通は嫌がりますよ?」
「そうのかな? 外で食べるご飯は美味しいし、外で見る星は綺麗だったけど?」
「お嬢様は、本当に大物ですね」
「ありがとう」
久しぶりに冗談を言い合うふたりは、少しだけ安心して前に進んだ。
マリアはラファエルの優しさに救われた気持ちになる。
「(あなたの隣で眠れたことが幸せだったなんて言えるわけがないじゃない)」
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