シュークルット アルザシアン

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シュークルット アルザシアン

 マリア達は、おすすめされたバーに入った。  体格が良いマスターが経営しているその飲み屋は、バーというかお酒も飲める食堂というのがピッタリの家庭的な場所だった。 「ああ、いらっしゃい。旅行者さんかな? 2人ならそこの席に座ってね」  かなり優しそうな店主だった。まるで、クマのような見た目なのに、声は甘く柔らかい。 「ありがとうございます」 「長旅で疲れたでしょう。とりあえず、お飲み物いかがいたしますか?」 「なら、おススメのワインを」  ふたりはいつものようにワインを頼んだ。 「わかりました。なら、付け合わせはシュークルット アルザシアンでどうですか」 「シュークルット アルザシアン??」 「ああ、そうか。お客さんたちはこっちの料理を知らないんだな。それは失礼しました。向こうの老夫婦が食べている煮込み料理ですよ。塩漬け肉に、キャベツのピクルスや野菜を一緒に入れて白ワインとハーブで煮込んだものだよ。寒い日に食べると温まるあったかい煮込み料理で、うちの名物なんだ」  たしかに、外は肌寒い。温かい料理が恋しくなる季節だ。  ラファエルはマリアに向かって優しく頷いた。 「なら、そちらを2つお願いします」 「はい。マスタードは大丈夫ですか?」 「お願いします!」 「はい。では、10分ほどお待ちくださいね」  そう言って店主は厨房に向かった。 「優しそうなマスターですね」 「ええ、接客もとても丁寧でうれしくなってしまいます」  ラファエルはマリアの言葉に笑う。  もう煮込み料理が美味しい季節になったのだ。季節の変化を意識してしまう。  これからの季節もずっと彼と一緒にいたいと思う。  ※ 「はい、おまちどおさま!」  ふたりがゆっくりワインを飲んでいたところで、ついに料理がやってきた。 「うわ~美味しそうですね」 「お嬢さん、楽しそうに待っていてくれてありがとうね。温かいうちに食べてね。まだ、熱いから!」  店主は嬉しそうに笑った。料理を待っているマリアの様子が微笑ましかったからだ。  ふたりは一口煮込み料理をほおばった。  野菜の優しい出汁と塩漬け肉のうまみ、そして、キャベツのピクルスの酸味がアクセントとなり最高に美味しい料理になっている。 「おいしい。とてもホッとする料理ですね」 「でしょう? うちのは実は2日目のシュークルット アルザシアンなんだ。料理をたくさん作っておいて寝かせると旨味がスープいっぱいに広がるからね。ゆっくり食べてね。マンステールっていうチーズも美味しいからどうかな?」  陽気な店主と共に楽しい食事が続いていく。  ※ 「はい、おまちどおさま。チーズポテトとクグロフだよ。こっちは白ワインと相性がいいから、セットで食べてみて!」  お腹が空いていたふたりは、さらに料理を注文する。  部屋の暖炉と温かい煮込み料理のおかげで体が温まった二人は、空腹を満たすためにパンとチーズを注文した。  普段は赤ワインを飲んでいる二人だが、この料理には白ワインの方が合うらしいので、そちらも別途注文した。  マンステールと呼ばれるチーズは、香りが強い。もともとは修道士たちが作ったチーズであり、熟成させたチーズの表面を塩水で何度も洗い雑菌の繁殖を防止し、表面を滑らかにしている。この製法が独特の風味を作り出していて、コクのあるまろやかな味である。  それを熱々のポテトの上にかけて食べると、最高のおつまみになる。  ほくほくのポテトとコクのあるチーズのマリアージュは暴力的な美味しさになっていた。 「幸せ。シンプルな料理なのに、このチーズがすべてを包んでいていくらでも食べてしまいそうになるわ」 「これを聖職者たちが考案するなんて、何とも言えなくなりますね」 「強い香りの外側とまろやかな内側。二面性があるチーズね。背徳感すら感じてしまうわ」  ふたりはあっという間に、チーズを食べつくしてしまった。  本当にフォークを止めることができなかった。 「次はこのクグロフね」  クグロフというパンは、王冠や帽子のような形をしたパンだ。  カヌレにも似た形だが、こちらは発酵を利用して形を作っている。そこがカヌレの製法とは違うところだ。 「うちのクグロフは、近所のケーキ屋から仕入れているんだけどね。これは少し変わっていてビール酵母を使っているんだ。だから、よりふっくらとしていて、風味も少し違うんだよ。中にはレーズンとアーモンドをたくさん入れているからね。食べてみて!」  一口食べるとアーモンドとバターが強く香る。まったりとしていて、しっとりふっくらしたお菓子は、上品な白ワインとよく合う。 「ああ、どうして塩気がある料理と甘いお菓子はこんなに相性がいいのでしょうね。交互に食べたら余計に止まらなくなってしまうわ」  そんな少女のようなことを言うマリアのことを見ながら、ラファエルは白ワインを飲んで笑う。彼女のその可愛らしい一面をもっとよく見ておきたかったのだ。  もうふたりにとっては、こんな食事のワンシーンだけでも切り取っておきたい大切な思い出になっていた。  ふたりは大切な時間を共有していく。
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