ディヴィジョン

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ディヴィジョン

 そして、ふたりは街の中央部に向かった。街の中央に位置するディヴィジョン大聖堂を見学するためだ。 「お嬢様は、たしか公務で一度行ったことがありましたよね」 「ええ、あの大聖堂はこの街の中心だからね。とはいっても大主教様に挨拶して、10分くらいしか見学できなかったわ。だから、今日はゆっくり見学したいのよ」 「あの大聖堂は素晴らしいと聞きますからね」 「我が国におけるグロック様式建築物の代表的な存在ですもんね。街で一番大きな建物で、小さなお城みたいよね」 「まあ、私は絵でしか見たことはありませんが、街の景観の中になじんでいて素敵な聖堂だと思いました」 「実際に行ったら、さらにすごいわよ。さあ、行きましょう」  大通りを歩いて散策すると、いろんなものが見えた。アパートの窓に干された洗濯物。子供たちが楽しく遊ぶ声。猫たちが我が物顔で歩く姿。おばさんたちの笑い声。ふたりにとっては何もかもが新鮮だが、この街で生きる人たちにとっては普通のことなのがおもしろかった。これが自由に生きることだと、マリアは実感している。  これからはできることなら貴族社会から離れて過ごしたくなる。この日常を自分のものにしたい。そんなことを考えていたら、街の中央にたどり着いた。  白く輝くかのような大聖堂は、街の中央に優しい笑顔でたたずんでいた。  神秘的な雰囲気と街の長老としてみんなを優しく見守っているかのようなぬくもりを感じた。  ダイヤモンド型の網掛(あみか)けタイルによって彩られた屋根。  窓は聖人たちが描かれたステンドグラスになっている。  古代の霊廟(れいびょう)をイメージした円形建築物部。  それらが合わさって独特な雰囲気を作り出していた。  ふたりはその聖堂を数分間、無言で見つめていた。  その温かみを持った雰囲気が、自由になった二人を祝ってくれているように感じた。 「それでは行きましょうか」 「そうね」  ふたりはゆっくりと聖堂の中に向かった。この聖堂は国内を見渡しても古く歴史があるため、訪れる人が後を絶たない。そういう人向けに見学コースが解放されていた。  この大聖堂は、かつての大火で一度焼失している。だが、それを悲しんだディヴィジョンの街の人たちが進んで募金をおこない再建した街の宝でもあった。その歴史が見学コースではつづられている。  火事の際に奇跡的に焼け残ったオルガンやステンドグラスが大事に展示されている。この大聖堂が街の文化そのものだとよくわかる展示だった。  そして、展示コースの最終目的地である聖堂にたどり着いた。  白を基調とした空間。窓からはステンドグラスに描かれた聖人たちがこちらを見下ろしている。左右からは温かい日光が柱のように射し込んでいる。中央にある赤いカーペットを照らしていた。  まさに、神々が祝福しているかのような空間。  彼女たちを含むすべての見学者が息をのんでいた。 「すてきね。ここに来たのは2回目なんだけど、最初に来た時は忙しさの中で余裕がなかったから……」 「やはり、印象は変わりますよね」 「そうね。この街の歴史に寄り添うことで、見えてくる景色はまるっきり変わるわ。この前来た時は、この街の歴史はあくまで遠いものでしかなかったのね。でも、市場を歩いて、美味しいご飯を食べて、住んでいる街の人たちを感じることで、すべてが重さを持ったものになるわ。私は自由になれてよかったのかもしれない。だって、そうしないとすべてを記号のように無機質なものとしか考えられない国母になっていたかもしれないわね」 「心の余裕は、感受性を変えてしまうんですよ。そして、余裕がないことの方が非日常なんです。今のお嬢様が、本来のお嬢様なんだと私は思いますよ」 「イケメン執事をからかいながら、美味しいご飯に感動する女が私ってこと?」  そう彼女は、茶目っ気たっぷりに隣の執事をからかう。 「そうですよ。私から見れば、王宮で真面目に過ごしている淑女よりも、よっぽど魅力的に見える」 「言ってくれるわね、ラファエル様?」 「知りませんでしたか。私は結構毒舌なんですよ?」  そう言ってふたりは年頃の男女のように笑い合った。 「この世界に、偶然というものは存在しない。すべては一見見えない因果の糸に結び付けれていて、ゆっくりと必要とするお互いを近づけていく」  マリアは有名な小説の一説を暗唱した。それが彼女の本心なんだろうとラファエルは確信している。 「ですが、我々の出会いは、神様のミスかもしれませんよ」 「それでも、私はこの出会いに感謝するわ。ミスだとしても、あなたとの旅行は素晴らしいものになるはずよ。私はそう確信した。この旅行は、私の人生を変えてくれる。あなたのおかげでね」 「まるで、愛の告白みたいだ。お嬢様からそのような言葉を聞けるなんて、このラファエル、恐縮至極(きょうしゅくしごく)」  そう返されると、我に返ったのかマリアの顔は真っ赤に染まった。   「もう、人が真面目な話をしているのに茶化さないで」  そう切り返すのが精一杯だった。  だが、愛の告白という言葉に心を揺さぶられて彼女はいつものような平静さを出せずにいた。  恥ずかしいとともに、この時間ができる限り長く続くことを祈っている自分に動揺しながら……
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