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王子の滅亡
「一体、目が覚めてから何時間経過したんだ」
王子は、幽閉されて何度も同じ言葉を発していた。こちらの時計塔では、正午と午後6時に大きな鐘の音をとどろかせる。だが、王子はまだその音を聞いていなかった。つまり、まだ一日の半分も終わっていないことを意味する。
朝食にパンと焼いたベーコン、味の薄い野菜スープの食事を取った。味は王宮で食べていて豪華な食事と比べるとどうしても物足りなさを感じてしまう。それもそのはずである。ここの時計塔に幽閉される王族は、たいていの場合はクーデターを仕掛けようとした罪人であり、王族であって王族ではない。
あくまでも、王の度量を見せるための政治的なパフォーマンスによって生きながらえているような存在だ。つまり、ここの罪人には死なない程度の食事を与えるだけで、あとはひたすら飼い殺すのだ。唯一の娯楽である読書であっても、本の差し入れは週に2回のみと決められている。また、暗殺や逃亡を防止するために、外への外出や運動はできない。
ただ、希望があれば週に1回だけこの牢獄の下にあるホールで運動することだけは許されていた。ただし、できることと言えば、意味もなくホールを歩き回るか簡単なトレーニングをするくらいしかない。
彼は、もう一生日の下を歩くことができないと理解していた。食事も粗末なものになると分かっていたし、この時計塔には何もないと分かってはいたのだ。
だが、知識として知っていることとそれを実際に体験することとは、まるで別の問題だ。
彼はここに地獄があると知ってはいた。知ってはいたが、本当の地獄がどういうものかを知ってはいなかったのだ。不十分な理解しか持っていなかったともいえる。
すでに、部屋にあった王国の歴史書は読み終わってしまった。未来の本には、自分の名前が愚か者の代名詞として取り上げられるのだろう。それを考えると屈辱で打ち震える。この本を用意した者は、それを理解したうえでこの部屋に本を用意していた。この時計塔に幽閉された者たちは、こういう悪意にさらされる。
そして、精神に変調をきたし、ただ生きていることを強いられるのだ。絶望しかない残りの人生を思い浮かべながら。
「ここから出してくれ。誰か、誰かいないのか」
王子の絶望は思った以上に早く現れる。だが、誰も助けるわけがない。
どんなに泣き叫んでも、助けてくれる人がいない。甘やかされて育った彼には、まだ信じられないことだ。
自分が助からないという事実を受け入れるまで地獄は続く。
そして、それを受け入れても新しい地獄の扉が開くだけのことを彼はまだ知らなかった。
※
雪だるまを作り終えた後で、ふたりは街の散策をおこなった。
たくさんの物を見た。歴代の有力魔導士たちが使っていた杖や貴重な魔道具たちの展示を眺める。
「すごいですね。貴重なものがたくさんある」
「この街は国内最高の魔法都市ですからね。たくさんありますね」
「でも、すごいわ」
「えっ、何がですか?」
「だって、元々は少数派の魔導士たちが自分たちが迫害されないように、団結するためにこの都市を作ったんですよね?」
「はい、お嬢様」
「その少数派たちが自分たちで助け合って、多数派からも認められる……この国になくてはならないほど重要な場所を作ってしまったってすごいですよね。この街のご先祖様たちが並々ならぬ努力を積み上げて、0から100まで自分たちが立ち上げてこんなに立派な街になっていったなんて、まるで奇跡だなと」
「たしかにそうですね。もしかしたら、失敗していたかもしれない」
「はい、その奇跡が街の人たちの力だけで成し遂げたのがすごいなって思います。この街の歴史を勉強すれば勉強するほどそう思ってしまいます」
「ええ……」
「そして、個人が連携することで大きな力が生まれる。この街では、魔力道具の加工が得意だけど、地形や気候的に畜産が不得意。でも、その不得意な部分は他の地方が得意だから分業して、助け合えばいい。そうすれば、得意な部分がどんどん伸びていき、国全体が発展する。この街も不得意な畜産品とかは、魔道具との交易で補うことで、限りある資源を有効活用したから、こんなに巨大な魔法都市になれたんだとわかりました。とても、勉強になる展示でしたね」
マリアの考えにラファエルは優しく笑った。だがその一方で、内心では彼女の聡明さに舌を巻いていた。彼女が今話した考え方は、経済学の有名な学説だ。貴族たちは経済学をそこまで重要視していないので、教育課程ではほとんど学ばない。中央官庁に入る貴族たちだけが学べばよいというのがこの国の慣習だった。だからこそ、彼女が独自にここまでしっかり考えることができるのはすごいと素直に思うのだった。
だが、マリアはマリアで自分一人で考え付いた結論だとは思っていない。ラファエルが近くにいてくれるからこそ思いついた結論だった。彼の知性は、何気ない会話を通してたしかに彼女にも影響を与えている。それも良い方向に……
この関係がお互いに理想的な状態だと彼女は本気で思っていた。お互いがお互いを高め合う。この関係が長く続いて欲しいと思う。
「さあ、お嬢様。そろそろ、お祭りが始まりますよ。いきましょう」
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