そのころ王子は②

1/1
前へ
/55ページ
次へ

そのころ王子は②

 ふたりがディヴィジョンの街のカフェで美味しいワインと食事に舌鼓(したつづみ)を打っていたころ、王子は途方に暮れていた。 「どうしてだ。どうして、ラファエルはどこにもいないんだ」  王子は探し疲れて自室の椅子に崩れ落ちていた。思いつくところはすべて回った。あいつが調べ物をしていた王立図書館、昼寝の場所……しかし、ラファエルの幻影を追えば追うほど、彼がそこにいない事実を突きつけられて彼の心は少しずつ摩耗していった。  やらなければいけない公務もなんとかこなしたがクオリティの低さに愕然とした。今までは先にラファエルが書類に目を通して、重要な箇所にはチェックをしておいてくれて、書類の要約まで作っておいてくれたのだ。そこには詳細な指示が書いてあって、そのメモ通りに書類を処理すれば賞賛をもらえた。  だが、自分の力だけで作った書類は、すぐに欠点ばかり目についた。これではいけないと新しい書類を作り直すが、作り直したものでも明らかに変なところがある。そうこうしているうちに、いつもなら20分もあれば作れる書類に2時間以上かかってしまった。これでは、他の書類が滞ってしまう。 「くそ、こんなはずじゃなかったのに……」  焦りが生まれる。ラファエルがいなくなっただけでここまでボロボロなのだ。王子はひそかに自信を持っていた。ラファエルとは3年ほど一緒に仕事をした。だからこそ、あいつの技術や仕事のコツは盗んだと思っていた。王子の仕事の成功は、影ではラファエルの功績になっていて、あいつばかりが賞賛されることにイライラしていた。だから、そのストレスがあの場で爆発したんだ。でも、まさかここまでラファエルが優秀だったとは思わなかった。王子の最大の誤算だった。 「どうする。まだ、仕事は終わらないぞ。なのに、ラファエルは見つからない」  このままでは国務がおろそかになる。 「殿下、ラファエル様の家に行ってきたのですが、見事に引き払われた後でした。大家には『しばらく王都には戻らない。国内各地を旅して見識を広げたい』と言っていたようです」 「なんだと!!」  すでにラファエルは王都にいないという事実に絶句する。そうなれば、ラファエルを見つけることは絶望的になる。まだ、王都にいるなら連れ戻すこともできるが地方に行ってしまえば探すことも難しい。  早く戻ってきて欲しいとさきほどまで思っていたからこそ絶望は深くなる。  もう、ラファエルは戻ってこない。そして、自分はこれからラファエルの仕事分も加えてひとりでやらなければいけない。 「くそがあああぁぁぁあああ」  王子は絶望して、机を強く叩く。  だが、机に八つ当たりしてもラファエルは絶対に帰ってこない。王子は静かに絶望していく。  ※ 「やったわ、大成功!! これで私は将来の王妃。優雅な生活が約束された。あの口うるさいマリアを排除して。あの女が悔しそうに震えているのが最高に良かったわね」  ミーサは自室で叫ぶように喜んでいた。今まで自分が携わった謀略がすべてうまくいったから上機嫌で騒ぐ。  彼女は元々貴族の隠し子で、10歳までは庶民として過ごしていた。しかし、子爵家の子供たちが流行り病で早世してしまった関係で、いままで自分のことなど気にかけず金だけ払っていた父親に呼び戻されて、子爵家の娘になった。  10歳まで普通の生活をしていたため、マナーや学習にはかなり遅れがありその劣等感と父親のゆがんだ愛もあってかなりの問題児でもあった。彼女にとっての貴族という生活は、持てる者の義務を果たすことなどは一切考えていない。自分がどれだけ楽しく過ごせるか、豪華な生活をしてチヤホヤされるかしか考えていない。  彼女にとって周囲の人間は、使い捨てるだけの道具でしかない。父親などは金のなる木くらいにしか思っていないため、子爵家がどうなったって構わないのだ。  だからこそ、口うるさくする先生やマリアのような優等生は、邪魔なだけだった。だから、彼女たちの努力や苦労を踏みにじっても一切の良心の呵責(かしゃく)は存在しない。 「あの女はこれで一生表舞台に立てない。だって、あんな大舞台で失敗してしまったんだから。ああ、かわいそう。私があんなことをされたら、恥ずかしくて死んじゃうわ。おかわいそうに……」  自分が仕組んだことで、マリアが失脚したにもかかわらず、どこか他人事のように彼女は淡々と笑う。  執事が用意してくれたケーキを美味しそうに食べる。ああ、美味しい。  彼女は、可愛らしい容姿で男性によくモテた。出自のため、社交界から遠い存在でもあったが、学園に入学してからはその容姿とあざとい演技によって人気が出た。世間知らずで勉強が苦手なのも、彼女には有利に働いた。守ってあげたいという男の本能をくすぐり、ついには王子の気持ちすら射止(いと)めた。  マリアは優等生だったため、彼女の世間知らずなところを注意していたが、さらにそこを利用し王子とマリアの関係に溝を作るように策略した。  言われたことを大げさに誇張(こちょう)して王子にさりげなく話したり、あえて王子との待ち合わせ場所で粗相(そそう)をして叱られているのを、彼に見せつけたり。  それを3年間繰り返すことで、ふたりの関係は冷え切り、その心のすき間に見事に入り込んで、王子に取り入ることに成功した。 「今が人生の絶頂よ! この王国のすべての者たちは、今後は私にひざまずくの。素晴らしいわね」
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

983人が本棚に入れています
本棚に追加