2日目

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2日目

 そして、夜が明けた。  ふたりは目が覚めると着替えをし、宿のエントランスで待ち合わせて外へと出る。  今度は宿の近くで朝食を済ませることになった。  宿の近くの食堂に入る。ブルース王国の朝食は基本的に軽めのものを食べることが多い。焼き立てのパンが一番のごちそうだ。  ふたりは朝食セットを注文した。  食堂での朝食だから家庭の朝食よりは数段に豪華だった。  焼きたてのクロワッサンがバターの豊かな香りを漂わせている。  付け合わせは、レタスとチーズ入りのスクランブルエッグ、サラミが盛られていた。ワインの産地らしくジャムはブドウのジャムだった。 「今朝はお上品に起床できたようですよね、お嬢様?」  ラファエルはからかいつつ笑う。実際、あの時のマリアにドキドキしていたのは彼も同じだったわけだが、そんなことは政治の場で鍛えたポーカーフェイスで一切、表にも出さない。 「うう……あんまりからかわないでちょうだい、ラファエル様?」  マリアは昨日のミスを恥ずかしく思いつつ、寝る前に思い出して顔を真っ赤にしていたのだ。それを当事者からからかわれると、羞恥心で胸が苦しくなる。  ただ、少しからかってくれたことで救われた気持ちにもなった。嫌われたり幻滅されたらどうしようという不安もあったからだ。 「それは失礼しました。では、ここであの記憶はお互いに消しましょう。それが一番ですよ」 「そうね、ありがとう」  一応これで考えなくても大丈夫というラファエルなりの対応だった。  それを察して、マリアは申し訳なさそうに感謝した。  これで今日からはぐっすり眠ることができそうだ。  マリアは、クロワッサンにジャムを塗る。ブドウのフルーティーな風味とほのかな甘みが、バター香るパンがよくマッチする。  ラファエルは先にスクランブルエッグに手を付けた。味付けは塩とチーズだけのシンプルなものだが、とろけたチーズがゆっくりと伸びていく。日常のありふれた瞬間だが、ふたりにとってはそれは非日常であり特別な日常の始まりを告げる光景だ。 「今日はいかがいたしますか、お嬢様?」 「そうね、美術館巡りをしたいわ。ここは美術の街としても有名でしょ?」 「そうですね。ちなみに、明日のワイナリー見学は2か所を予約しておきました。宿の主人はこの地域に顔が利くらしいので、甘えさせてもらいました」 「ありがとう。さすがの手際の良さね」 「私はワインが大好物なので……明日は堪能させていただきますよ」 「もちろん! 旅の途中でも飲めるようにタルごと買ってもいいわよ」 「そんなに買ったら馬がかわいそうですね。重くて疲れてしまいます」  そう言ってふたりは笑い合う。旅行2日目が始まった。  ※  ふたりはディヴィジョン美術館へと向かった。ここは元々領主であった公爵家のお屋敷だったが、先々代の当主が屋敷全体を美術館に改造しコレクションの公開を決断したらしい。貴重な公爵家のコレクションを誰でも安い料金で見学が可能となっていた。 「『美術品は、多くの人に見てもらわなくては、価値は10パーセント以下になる』とは、あの公爵の名言でしたわね」  マリアは笑った。実際、ここの公爵家は名君が多いことで有名だ。中央政府でも何人もの宰相を送り出している名家中の名家でもある。  貴族の本義は、民を守り彼らを豊かにすることだ。物質的な豊かさと精神的な豊かさを両立してこそ本物になる。  公爵家はこの考えを基本として、街を発展させてきた。この街が文化とワインの街として発展したのは公爵家の巧みな手腕によるところが大きい。  ふたりは、銅貨5枚の入場料を支払い、美術館に入る。絵画、陶器、胸像など世界各地から集められた美術品が整然と並んでいた。  哲学者の肖像画。まるで苦虫を潰したかのような表情をしながら、両手を合わせる姿はまるで生きているかのような絵だった。  大聖堂が近くにあることもあって、神秘的な作品も多い。世界の始まりの瞬間。最高神と女神の出会った瞬間を描くその絵画は、光り輝く色をしていたながら、その色とは正反対の重みをもっていた。  そして、先々代の公爵が最も愛したとされる絵画の元にふたりはたどり着いた。 「二面性のある女」  そう名付けられた絵画には母と娘が描かれていた。娘の様子を慈愛をもって見つめている母親と無邪気にはしゃぐ娘が描かれている。周囲はひまわりの花に囲まれていて、なぜか空には月が見えた。  絵画の中は昼間にもかかわらず。  いくつも不思議な状態があるにもかかわらず、絵の中の世界は調和されている。昼間なのに月があるのは普通だ。絵画はそう主張しているように見えた。 「ずいぶんと哲学的な絵ですね。絵のふたりは親子にも見えて、成長した同一人物にも見える。ヒマワリは太陽を示しているのだろうけど同時に正反対の立場にある月もある」  ラファエルはずいぶんと考えながら絵を見ていた。 「私は、親子じゃなくて同一人物にみえるな」  マリアは、さきほどの肖像画の哲学者のポーズをまねて考え込んでいるように見せて笑う。 「ずいぶんと可愛らしい哲学者様になりましたね、お嬢様?」 「あら、ありがとう。でも、私だって二面性のある女かもしれないわよ、ラファエル様? もし、私が世紀の悪女だったらどうする?」 「であれば、国家のために王子と婚約破棄したことは嬉しいことだと思いますね。傾国の美女を未然に排除できたのですから」 「あらあら、ずいぶんと現実主義なのですね」  少しひねくれたように答えるもののマリアは嬉しかった。意中の人物に傾国の美女に例えられたのだから。ある意味では、最高の誉め言葉だ。 「それに、私はお嬢様を悪女ではないと信じています。あなたをかなり信用しているのですよ」 「それは嬉しいわね」  ふたりは笑い合いながら美術館を後にする。  美術館に付随しているレストランに入った。  こちらは貴族家がオーナーになっているレストランというわけで、リーズナブルながらコース料理が用意されていた。  サラダとキャロットのポタージュスープ。  魚の燻製のマリネ。  口直しのブドウのソルベ。    カジュアルなコース料理ながら、味は絶品だった。  そして、ふたりは待ちに待ったメインディッシュを出迎える。 「ついに、メイン料理ね」 「ええ、ディヴィジョン名物のあれが使われていますからね!」 「楽しみ。刺激が強いからって、公務で来た時は、食べさせてもらえなかったのよ」 「そうなんですか。でも、ここのあれはさっぱり系ですから食べやすいですよ」  そして、メインディッシュは運ばれてくる。  バターと刺激的な匂いが漂ってくる。 「チキンのマスタード煮込みです」  そう、このディヴィジョンの街は、マスタードが有名だ。  ディヴィジョンマスタード。  ワインを使って作られるマスタードは、コクがあってフルーティーなものになっている。ほんのりとした辛さとまろやかな味を両立していた。  ワインが入っているからそのまま煮込み料理にしても料理のレベルは上がる。  柔らかいチキンと食べると最高になる。 「美味しい。幸せね。こんなにコクがあって……最高よ」 「よかった」 「私は本当に生まれ変わったのね」  王子ではない気になる人と一緒に旅行することができて、自由に好きなものを食べることができる。彼女はその幸せに感謝した。 「とても美しく笑うようになったと思いますよ」 「あら照れるわ」  そして、ふたりは同時にチキンを口に運んだ。柔らかいチキンとコクのあるマスタードの風味を堪能しながら…… 「ねぇ、ラファエル様?」 「ワインですね。今日は特別にランチから飲んでしまいましょう」  マリアは嬉しそうに笑った。
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