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1.1輪の花のようなもの
『午前は晴れて過ごしやすいですが、午後からは雨に加えて強風が——』
「こ、これは……!?」
つけっぱなしのテレビから聞こえてくる声を背に1人の中年の男が声を上げる。
彼の名前は小山彰造、48歳独身。どこにでもいるしがないサラリーマンだ。
彼は険しい表情で自宅の洗面所にある鏡とにらめっこをしていた。
ただしその視線はしわが増え始めた顔ではなくその上、なんとも綺麗にかつ無惨に禿げてしまった頭頂部に向いていた。
そこにはまるで砂漠の中に咲いた1輪の花のような1本の毛が彼の動きに合わせてふんわり揺れていた。
「もう希望はないと思ってたんだけどなぁ」
指で感触を確かめながら彰造は困惑とほんの少しの嬉しさが混じった声を漏らす。
それも無理はない。なにせ彼の毛が力尽き始めたのは27歳のときからだったのだから。
遺伝的にいつかは別れが来ると思っていたが、20代というあまりにも早すぎる終わりの始まりに当時の彰造がひどく絶望したのはいうまでもない。
さらに仕事でのストレスが拍車をかけたのか、40歳手前にさしかかる頃には頭部から毛という毛が消え去り、日光を眩く反射するまでになっていた。
それから現在に至るまでの数年間、それらしき兆候は見られなかったというのに突然現れた1本には動揺を隠し切れなかった。
「最初は嬉しかったがなぜ急に……しかも1本だけって。名残惜しいが、いっそのこと抜いてしまうか?」
「——それを抜いてシまうと死にますが、よろシいのデスか?」
「えっ?」
どうしようかと逡巡していたそのとき、背後から妙に能天気な男の声が聞こえてきた。
すぐさま振り向いた彰造がソレを目にした瞬間、大きく瞳を見開いた。
身長174㎝の彰造が小さく見えるほどの長身で、全身にローブのような黒衣を纏った何者かがそこに立っていた。
深く被ったフードにより顔の部分には漆黒ともいえる闇に覆われている。
そして男の手には滑らかな曲線を描いて伸びる巨大な大鎌が握られていた。
不気味なまでの長身、全身を覆う黒衣、そして刃渡り30㎝以上もある大鎌、これらから推測したその者の正体を彰造は口をわなわなと震わせながら呟いた。
「し、死神!?」
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