2.死神は気分屋

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2.死神は気分屋

 死を司り、生者の魂を刈り取るもの……死神。  フィクションの中でしか出てこないような空想上の存在。  そんなものが実在するなんてありえないと思ってはいるものの、ここまで分かりやすいシルエットを前にしたら口にせずにはいられなかった。  ゴクリ、彰造が生唾を呑み込む。額からは汗がにじみ出る。 (ここはマンションの4階だというのにどうやって? 本当に死神なのか? だとしたらなぜ私の前に? それに毛を抜くと死ぬってなんだ?)  脳内でさまざまな思考が巡る、だがいくら考えたところでまとまるわけもなく謎は深まるばかりだった。  しかもその混乱に拍車をかけたのは彰造の身長と同じぐらいの大きさを誇る大鎌だった。  彰造は刃物に詳しくないが、間近で見ればそれが模造の刃ではないことは理解できた。  すると彼の視線に気づいた黒衣の男は近くの壁に大鎌を立てかけると不意に声を上げた。 「そう警戒する必要はないデスよ。刃は本物デスがこれは『本当に死神って鎌持ってるんだ!』と思ってもらうためのサービスみたいなものデスので実際に使うことはほぼありません、鎌を使うと後処理が大変デスシね」 「はあ……」  不穏なことをいっていたが突っ込むほどの余裕もなく、生返事になる彰造。  男の口調は敬語でありつつもその声音はやけに能天気で、その軽々しさが逆に不気味に感じた。  だがさっきと比べれば声も出せないほどに張りつめていた緊張は緩んでおり、彰造はおそるおそる口を開く。 「で、ではあなたは本当に死神さんなんですか? それとさっき言ってたこの毛を抜くと死ぬというのはどういうことですか?」  頭部に残った1本の毛を指さしながら怪訝な表情で問いかける彰造。  依然として顔の部分が闇に覆われてるせいで表情は分からないが、彼の言葉を聞いた死神は何度か大きく頷いた。 「彰造様のお気持ちはよーく分かります、気になるところがありすぎて夜シか眠れないことでシょう。デスが物事には順序がありますので、ちゃんと順を追って話シまシょう」  すると死神は闇が広がる顔の部分へ手を突っ込み、そこから国語辞典サイズの本を取り出すとペラペラとページをめくり始める。 「まず始めにお伝えすることデスが……彰造様、アナタ今日死にます」 「……はい?」 「主な死因は事故デスね。仕事からの帰宅途中、○○町2丁目の交差点で暴走車にはねられそうになった中学生の子供を庇って死亡となっています」  順序とはなんだったのか、そうツッコみたくなるようなあまりにも飛躍した話に彰造は思わずすっとんきょうな声を上げてしまう。  しかも話に出た場所は彰造が普段通っている見知った場所であり、妙にリアルでタチが悪い。  しかし死神はそんなのお構いなしに話を続けるのだった。 「本来であれば決まったものは仕方ないってことで干渉はシません。しかしあまりにも可哀想だったので……彰造様のその頭が」  見るも無残といわんばかりに顔を両手で覆う仕草を見せつつ悲し気にいう死神。表情を確認するまでもなく噓泣きであることは明白で『余計なお世話だ』と彰造は内心で愚痴る。  コホン、仕切り直すようにわざとらしく咳払いをすれば彰造が口を開く。 「結局のところ私はどうなったんですか? 今の話を聞いた限りではまだ毛と結びつかないのですが」 「まあまあ、この話はここからが面白いんデスよ。実はご臨終かと思っていた彰造様の毛根の中に1本だけ伸びずに眠っていた毛が残っていたのデス! そしてボクは思いつきまシた」  そこまで話すと同時に死神が勢いよく彰造の毛を指さす。 「その1本に命を吹き込もう!……と。そんなわけで眠っていた毛根に彰造様の生命力を注ぎ込むことで活性化させていただきまシた。つまりその最後の1本こそ彰造様の命そのものなのデス!」 「こ、これが私の命……」  死神の言葉をオウム返ししながら彰造は改めて鏡に映る自身の姿、頭頂部で揺れる1本の毛を注視していた。  正直、現実味がなさすぎてにわかには信じがたい話だった。しかし彼の背後にいる存在のせいで絶対にないともいい切れなかった。 (だが仮に今の話が本当だとしても今日死ぬのが決まっている以上、わざわざ生やしてもらっても意味がないんじゃ……)  すると彰造の思考を読んだかのように死神が人差し指を立てた。 「あーそれから、せっかく生やシたのに十数時間の命ではボクとシても面白くありません。デスのでその毛が生えている間は何があっても死なないようにシておきまシた」 「では、この毛さえあれば事故死はしないということですか?」 「そうなります。あ、でも抜けた場合はどんな理由があってももれなく死にますのでご容赦を。まあ1本の毛を守るだけで寿命を延ばせると思えば安いものでシょう」 「それは、そうですが……」 「ボクからのサービスだと思ってください。というわけで伝えること全てお伝えシまシたので、ボクはお暇させていただきます。よきふさふさライフを!」 「あ、ちょっと!」  制止する彰造を無視して死神は影の中へ潜るように身体を沈ませていった。  気づけば壁に掛けてあった大鎌も一緒に消えていてまるで最初から何事もなかったように彰造1人のみになった。  テレビはいつの間にか電源が自動で切れて、家の中は静寂に包まれていた。  彰造は伸ばしていた手のひらをグッと握り込んで下ろすと掛け時計に目をやる。気づけば出発時刻を30分以上も過ぎており、大きなため息を吐いた。 「遅刻の報告をしないとなぁ」  そうひとりごちる彰造の顔はすでに疲労に満ちていた。
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