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5.運命の収束
「おじさん! 起きてよ!」
声変わりを迎えていない少年の甲高い声と身体を揺すられる感覚によってぼんやりとしていた彰造の意識は引き戻され、閉じていたまぶたをおもむろに開ける。
すると彼の前には涙目で見つめる少年の姿があった。
「……ううっ……んぅ? 君は……っつぅ」
身体を起こすと同時に全身に痛みが走り、彰造は顔を歪ませる。
しかしその痛みは車にはねられたものではなく、歩道へ飛び込んだことによる衝撃だったため軽傷で済んでいた。
「おじさんっ……大丈夫?」
「あぁ、これぐらいなんともないよ。それよりも君は平気かい? 助けるためとはいえ少々乱暴にしてしまった」
「濡れちゃったけど僕はなんともないよ! おじさんのおかげで!」
涙を拭うと満面の笑みを浮かべてみせる少年。
その瞬間、彰造は自身の身体から一気に力が抜けていくのを感じた。
「そうか……ははっ、そうか……!」
安心からか、思わず笑いがこみ上げてしまう。それこそ自分がずぶ濡れだと忘れてしまうほどに。
少年を助けることができて、彰造自身もなんとか生きている。これ以上ない結果だった。
もう少しこの達成感に酔いしれていたかった彰造だったが、少年をなるべく早く帰してあげるために痛む身体を起こす。
「さて、きっと親御さんも心配してるだろうし、君はもう帰るんだ……ほら」
抱きかかえたときに手放してしまった傘を回収し、優しい声音で諭しながら少年に差し出した。
少年はこくり、と1回だけ頷いて傘を受け取るが、帰るような素振りを見せない。
その様子に彰造が小首を傾げたところで少年はおそるおそる口を開いた。
「あの……おじさん! これ、助けてもらったときに取っちゃって……だから返すね」
そう言って少年は有無を言わさず彰造の右手の中に何かを握り込ませると「ごめんなさい」となぜか謝罪の言葉を述べた。
「それじゃあおじさん、今度こそバイバイ! ありがとう!」
笑顔と共に彰造に向けて大きく手を振りながら走り去っていく少年。
その背が見えなくなったところで彰造は何かを握り込まされた右手に視線を落とした。
「返すって、何かを貸した覚えなんてなかった……が……」
ゆっくりと手を開いて中身を確認した瞬間、彰造は言葉を失うと同時に目を見開く。
——やけに見覚えのある1本の髪の毛がそこにはあった。
寒さか、はたまた恐怖か、彰造の全身から血の気が引いていく。
それがあの毛だと理解したそのときだった。
『ブッブー!!』
前方でクラクションが鳴り響き、彰造が顔を上げると雨でスリップした暴走車が眼前に迫ってきていた。
「あっ」
その一言を最後に彰造の意識はプツリと途切れたのだった。
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