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「ちょっとミコト、いるんでしょ? 出てきなさいよ!」
部屋を見渡す沙雪の鼻息は荒い。またミコトにいたずらをされたのだ。
学校から帰ると、慌てた顔で祖父の重蔵が長い時間トイレから出てきていないなどと、不安を煽る言葉を書いた紙を見せてきたのだ。
慌てて行ってみれば、ちょうど出てきたばかりの重蔵と鉢合わせた。
心配する沙雪に、重蔵はワシの小便はそんなに長くないぞと首を傾げ、おかしなことを言う子だと、困ったような笑みを浮かべていた。
「ミコト、あんたね……ここにいるんでしょ!」
勢いよく押し入れを開けると、着物だけがバサッと音を立てて床に落ちた。
着物の端を、押し入れの隙間からわざと見えるようにしていたのだ。
その着物の持ち主は、勢いよく振り返った沙雪の目の前を一枚の紙で塞いだ。
「……あんたって子は……」
沙雪は声を押し殺した。その紙には、大きな声を出しちゃダメよ、という言葉と、人さし指を鼻の前に立てた女の子の絵が描いてある。
丸い顔、少し赤い頬、特徴的なおかっぱ頭という、どう見てもミコト自身のイラストだ。
その紙きれが下げられると、書かれていた顔に瓜ふたつの女の子が、目を細めて愉快そうに笑っている。
「もう心配して損しちゃったじゃないの。今日も寒いんだから、早くこれ着なさいよ」
着物を広げると、ミコトはうれしそうに袖を通した。
それは服を着せてもらう子どもと母親のようだった。二人は長い年月を共にしているが、次第にその身長差はひらいていったのだ。
今年で十七歳になる沙雪の見た目は幾分大人っぽくなってきたが、ミコトは出会ったころと変わらない。
幼いころ、沙雪が面識もない祖父に引き取られたあの寒い冬の日から、一切変わっていない。
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