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青天の霹靂
「そんなっ、酷いです!」
「どうしろってんだよっ」
「ありえなくないっ?」
口々に罵る声が聞こえて、物を投げつけたり、机を叩いたりする声が、俺の頭を通り抜けてく。
どうしよう、ああ、どうしよう。
俺はただ黙ってスニーカーをみつめながら、頭の中で物事を整理しようと、脳みそをフル回転させる。
あと2週間で部屋を出なきゃ、仕事を見つけて、部屋を見つけて、それから。部屋って、家賃だけじゃなくて、保証金とかそういう、いろいろいるはず。まとまった、お金。
贅沢はして来なかったし、だから少しは蓄えもあるけれど。たくさん貯められるほどの給料は貰ってなかったし。それでも、社員寮がタダみたいなもんだったから、それで、十分だって。思ってたのに。
ああ、どうすれば。
「なあっ、知ってたの? 前もって聞いてたんじゃないのっ?」
いきなり強く二の腕を掴まれて、ハッとした。びっくりして顔を上げたら、俺より三つ年上の田代さんが、今まで見た事のないような怖い顔して俺を睨みつけていて。なんて言えばいいのか分からなくて、首を振った。
「知ってたんじゃねーの?」
側にいた吉岡さんも、詰め寄ってくる。
知ってたかって?
工場の経営が苦しくて、畳むことになるかもしれない。そうなったら、寮も出なくちゃいけないし、住む所も仕事も失ってしまうから。だから、勤続七年で家族みたいな存在の俺にだけは、特別に。
みんなそう思っただろう。
だけど。教えてくれなかった。
なんにも知らなかった、寝耳に水だし。
大きな会社が拠点を安い海外に移したせいで、部品を納めていた下請け会社が倒産した。
そのまた下請けだったここで作ったものを収める場所がなくなって。この工場の存在意義はなくなった。新しい契約先を社長が探し回っていたらしいけど、結局負債を抱える事になった。その返済のために、工場は売却されたらしい。
された……それはすでに決定事項だった。
俺たちが毎日きっちり八時間働いて作っていた金属の部品たちは、ただのゴミ同然になった。
らしい。
今知った。
三ヶ月前に入ってきたバイトの尾上君と同じように、今知った。
社長の奥さんが、先週夕ご飯のおでんをお裾分けしてくれた時に、なにか言えなかったんだろうか。
鍋に入った温かいおでんを持って、風邪ひかないように温まってね、って。そう言ってくれた時に、もうすぐ、家もなくなるから準備しなさいよって。言ってくれても良かったのに。鍋を洗って、寮の隣に建っている社長の家に返しに行った時に、教えてくれても良かったのに。
ここで作っていた小さな金属は、特殊な部品で。大きな機械の中の、ごく小さな部品だけど、一ミリの狂いも許されなくて。だから、絶対に不良は出せなくて、集中して、気を遣って、自分たちが作る部品があるからこそ、その機械は作動することが出来る。このプライドを忘れるなって。
ずっと社長に言われてきたから、俺の心の中にも、根付いてた。
プライド、だなんて、今となってはなんか笑えてくる。
今この瞬間からもういらない、そんなプライドだった。
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