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15 @2013年、東京
@2013年、東京
信男との思い出が残る部屋に一人でいるのは辛く、今まで飛ぶように過ぎていた時間が、急に重石をつけられたように進まなくなった。
それは苦痛以外の何物でもなかった。
それでも、譲は信男と暮らした部屋を離れられなかった。
信男がひょいと帰ってくるかもしれないという思いを捨てられなかった。
玄関口でごめんねと笑う信男の夢を何度も見た。譲は笑い泣きしながら、信男を抱きしめ、信男も泣きながら譲を抱きしめ返していた。
そんな夢を見た朝は辛いのに、消えゆく信男の輪郭をなぞって濃くし直したような気にもなって、少しうれしかった。
譲が一人で部屋に留まり続けていることが、誰かの口から信男に伝わるかもしれない。
譲が一人で部屋に残っていることを知れば、信男もたまらなくなって部屋に戻って来るかもしれない。
部屋にとどまり続けたのは、譲の願いや祈りや、そんなメッセージを信男に届けるためでもあった。
でも、それは独りよがりで、押しつけがましく、誰のためにもならない行動だったことを、明と過ごすようになってわかった。
明とは週に一度会うようになり、二度会うようになり、メールでのメッセージの往復も頻繁になり、会わない日は電話するようになり、週末はどちらかの家で過ごすようになった。
明は最初は隠していたが、派遣で働きながら、漫画家になる夢を追っていることを話してくれた。
話はしてくれたが、描いたものは恥ずかしいと言って決して見せてくれなかったが。
譲はそれを応援しながら、自分のことも立て直さなければいけないと思った。
消えた信男のことで頭がいっぱいになり、以前はしなかったような仕事のミスも増えていた。
そういった日々から、抜け出しつつある頃だった。
その週末は譲の部屋に明が来ていた。金曜の夜、残業で遅くなった譲を、合鍵を使って先に部屋に入っていた明が迎え入れてくれる。
年末を迎え、外の空気はすっかり冷たくなっていたが、暖房のきいた部屋で明が作ってくれた鍋をつつきながらビールを飲み、温かい気持ちで眠りについた。
久しぶりに取り戻した充実で、心も体も緩んでいた。
二丁目で騒いでいた日々に比べずいぶん地味で平凡だが、譲は自分にはこっちの幸せのほうが合っていると思った。
東京に出て、長くあの街で遊んでいて、そんなことは思いもしなかったから、自分でも意外だった。
単に年をとったのか、あの街で生きていくことに飽きたのか。いずれも間違いではないが、それだけでは決してなかった。
そんなことを自分に教えてくれた明が愛おしく、大事な存在だと思った。
思ったのに・・・ 起きると、明が消えていた。
セミダブルのベッドにくっついて、二人で小さく丸まって眠ったはずなのに。
譲は飛び起きて、部屋からリビングに出る。カーテンの隙間から、外の景色が見えた。
朝は来ているようだが、差し込む光はほとんどなく、垣間見える景色はまだまだ薄暗い。
譲はスウェットのまま外に出ようと、玄関に向かう。
ドアノブに手をかけたとき、それが外から引っ張られた。
「わっ、びっくりした」
スウェットの上に、譲のロングコートを羽織った明が立っていた。
「明」
「コーヒーいれようと思ったら、牛乳がなかったから近所のコンビニに行ってきた。ごめん、コート、黙って借りちゃった」
「そんなこといいけど。こんな時間に」
「なに言ってんの。もう九時過ぎてるよ。天気悪いから暗いけど」
「・・・」
「卵とトーストも買ってきたから、フレンチトーストにしよう。作るの久々だな。フレンチトースト、好き?」
明が譲のサンダルを脱ぎ、部屋に入りかけたところで、明を抱きしめる。
「どしたの?」
「いや。急にいなくなったから」
「大袈裟だな」
譲が明を抱きしめる手に力をこめる。
「・・・ 譲?」
「どこにもいかないで」
「え?」
「俺に黙って、消えないでくれ」
「・・・ 消えないけど・・・ なにか、あったの?」
譲が答えないので、明は譲を抱きしめ返す。
ぎゅっと譲をひきよせると、その胸の鼓動が伝わってきた。
「なにかあるなら、話して。僕も話すから」
明が言うと、しばらくして、譲が、
「わかった」
と言い、明に回した手から力を緩めた。
明は手際よくフレンチトーストを作り、譲と二人で食べた後、コーヒーを飲みながら、譲は信男のことを、明は吉行のことを話した。
あっという間に夕方が来て、夜が来て、二人で夕食を作り、食べて、二人はその夜も抱き合って眠った。
翌朝、明はまた譲より早く目を覚ましたが、今度は譲が起きるまでベッドを出ることはしなかった。
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