2 歴

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2 歴

 小学校が同じだからわたしと岡田笙とは家が近い。  ただしそれは歩いてのことで電車の駅は同じではない。  わたしの家は私鉄駅に近いが、岡田笙の家は路面電車の駅に近い。  しかし歩けば二十分程度。  子供の頃は当然もっと時間がかかる。  岡田笙の家は(後でわかるが)金持ちで貧乏だ。  綺麗で立派な家に住んでいたが、後に引っ越す。  わたしの家は祖父が建てた家で二世代同居だが、特に広くはない。  もっとも公団や一部の会社寮と比べれば十分広いし自由だろう。  家にわたしの姉がいなければもっと自由だが、贅沢は言うまい。  それ以外に不自由はないが、しかしお金持ちではない。  一方、岡田笙の母親の親は金持ちだ。  詳しくは知らないが、会社創立者の親戚で役員らしい。  岡田笙の父親も親が金持ちだったが、ある日魔が差したのか商談に失敗し、身包み剥がれる。  ……といっても本来商才はあったようで、没落後最初に勤めた会社をヘッドハントで引き抜かれ、徐々に偉くなっている。  けれどもその才能は実の息子には受け継がれず、息子は借金を繰り返す。  そんな事情を知らない子供のわたしは岡田笙の家で他の友だちと一緒によく遊んだものだ。  金持ち家の計り知れなさは種々の玩具が受け継がれる点かもしれない。  例えばレゴブロック一つとっても、わたしには高嶺の花がてんこ盛りだ。  イギリス貴族の邸宅が広い庭つき/畑つき/家畜つきでできてしまうほどに……。  岡田笙の両親は中学のときに別居している。  それでもわたしたち数人がクラス会の出し物の相談場所として訪ねたときには父親が家にいて不思議な気分を味わったものだ。  母親の方は(良くある話で勝気な性分なのか実家の援助を受けず)保険の外交を始めてから昼間は家にいない。  だから余計に可笑しな気分になったのかもしれない。  岡田笙の父親はイメケンだ。  顔の小さな歌舞伎役者と喩えれば形容矛盾だが、そんな感じ。  女形ではない。  ……かといって男役でもないから最初のわたしの形容が崩壊する。  無骨さみたいなものが皆無で仕草も話し方も上品で静か。  血統といえば、それまでなのかもしれないが……。  一方、岡田笙の母親は美人というには余りにも年若い。  少なくとも、わたしにはそう見える。  綺麗な顔立ちだが娘のようなのだ。  もちろん娘といっても、わたしなどとは格が違う。  由緒正しきお姫さま。  そんな両親から生まれたのだから岡田笙は美形なはずだ。  けれども年齢的にまだ形が整わないのかバランスが変。  目はパッチリしているが、いつも腫れぼったく眠そうで、鼻は高いが大き過ぎる。  その代わりとでもいうように口が小さくバランスが悪い。  もっとも目に張りが出てキリリと引き締まれば鼻と口のバランスが合致するのだ、と不意に気づく。  頬もまだ子供っぽく丸いが、それも引き締まれば一端の役者顔かもしれない。  手も足も首も腰も細い。  その上、ひょろりと長い。  そんなガリの身体に大人にならない未熟な顔が乗っている。  体型的にはそんな感じ。  性格が気安いので男にも女にも邪魔にされないが、わたしの知る限り、特定の恋人はいないはずだ。  もっともわたしの知らないところで告られたり、告ったりしたかどうかは不明。  だが、おそらくないとわたしは思う。  あれば中学時代の誰かが噂をわたしまで届けるはずだ。  もちろん確信があるわけではない。  長年の付き合いから、そう思うまでだ。  そんな潜在的逸材をわたしは手に入れたのか。  自分から何の働きかけもなしに……。  けれども、わたしはかつても今も岡田笙にトキめかない。  恋心というものを感じない。  感じるとすればこれからだろうが、果たしてどうか。  本当に、やがて岡田笙のことを好きになるのだろうか。  岡田笙は悪いヤツではない。  そのことを、わたしは十分知っている。  性格はガサツだが、岡田笙の性格が本当にガサツだと、わたしには思えない。  感受性が人並み以上だと直感する。  さらに家庭の事情があるから人の心の動きにも敏感だろう。  その彼が何故わたしを……。  解せない。  まったく解せない。  わたしが実は昔から岡田笙のことが好きで、敏感にそれを感じた彼がわたしを救い上げたというならまだわかる。  岡田笙のアンビバレントな性格がもたらした本気の冗談とも解せるからだ。  だが、それはないだろう。  わたしの心はわたしが一番良く知っている。  けれども姉のいつもの一言が喉に引っかかる。 「律子は自分のことが一番わかってないからね」  事あるごとに姉はわたしに言うが、わたしには姉の言葉自体が理解不能。  確かに夕日の中を歩き、カブトムシ見て号泣した過去はある。  猫を追いかけ、犬に吼えられ、快哉を叫んだ過去はある。  自分でその心理を理解できない。  中学で入りたいクラブがわからず、姉に漏らすと即座に、 「美術部へ行け」  と勧められる。  すると、すぐにそれが正解だったとわかる。  厳然たる事実。  姉の正しさの反映だ。  もっとも美術展に入選するとか、そういうレベルの話ではない。  そういった一般受けしつつ、かつ独自性が仄見えるような作品とわたしは縁がない。  ……というわけで、今度の岡田笙からの告白のことも姉に話せば、 「何だ、律子はやっぱり自分の気持ちに気づいていなかったのか」  と言われそうで怖い。  いや、怖いというより不愉快に近いか。  しかし姉が(わたしにとって良いかどうかはともかく)わたしの良き理解者であり、わたしが知らないわたしの心の動きを詳細に知るのも事実だから困りもの。 「お姉ちゃん、今日わたし岡田くんに告白されたんだけどどう思う」  わたしがそう聞けば姉は答をくれるだろう。  だが、わたしにはそれが癪だ。
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