1 突

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「オレと付き合って欲しい」 「えっ」 「だからオレと付き合ってくれ」 「はあ……」 「とにかく、オレと付き合え」 「ほえっ」 「あのなあ、おまえ、何度も言わせんなよ」 「えーと、その、あっと、意味が……」 「わかんないのかよ」 「いや、そうじゃなくて。本気……」 「だったら、どうなんだよ」 「わかった。了承します」  それは突然の出来事。  青天の霹靂。  寝耳に水/突発事件/不測の事態/降って涌いたような急展開/大異変/わたしの不測の致すところ……は違うか。  告られた相手は幼馴染。  ……といっても岡田笙がわたしの地元に越してきたのが小学校四年のときだから、それ以来だ。  どちらかが生まれたときからの知り合いではない。  中学は同じ公立に上がり、一年と三年が同じクラス。  特に仲が良かったわけではないが、悪いわけでもない。  わたしの男子友だちの一人。  二人に共通の知り合いから、わたしたちの仲が怪しいとか、恋人呼ばわりされたことは一度もない。  そのまま何事もなく三年が過ぎ、高校に上がる。  高校も公立で、わたしは知らなかったが岡田笙も同じM校を受ける。  合格発表の日に姿を見かけ、あっ、と驚く。 「岡田くんもここを受けてたの」 「そうだけど、何か」 「受かってよかったね」 「おまえもな」  そんな弾まない会話の記憶が頭の隅に残る。  高校のクラスは違ったが、同じ中学から上がった者が十人もいて派閥ができる。  それは嘘だが、親しく付き合い、クラシックコンサートに行ったこともある。  高校に入って最初の頃だ。  夏休みが過ぎれば、それぞれに違う友だちができる。  あるいはボッチとなっていく。  それも嘘だが、進学塾に通うのに忙しく(つまり行くはずの高校をミスったわけ)、孤立していく者がいる。  わたしはごく普通にクラスに馴染んでいたが、それはイジメがないからかもしれない。  先のことはわからない。  いつだって先のことは闇の中だ。  わたしの通うM校ではこれまで表立った事件はないが、中学時代の友だちが進んだ同じ地域の別高校では密かに事件が進行中らしい。  警察沙汰になるかどうかは、教師たちの腕の見せ所だろう(別の意味でだけどね)。 「さよならーっ」 「また明日……」  何人かの知り合いが、わたしと岡田笙に声をかける。  岡田笙とわたしはM校の校門付近で顔を突き合わせている。  岡田笙の気持ちは違うかもしれないが、ラブラブな雰囲気が二人にないので傍観者からは事務的な話をしていると思われたようだ。 「だけど、おっどろいた」  息を深く吸ってから、わたしが言う。 「岡田くんがそんなことを言いだすなんて……。これっぽちも予想しなかったよ」 「ならば言われて良かっただろ。どうせ、おまえも同じ気持ちなんだから」  あれっ、そうなのか。  いや、違うだろう。 「わたしは今現在相手がいないから、とりあえず了承したまでで……」 「いや、だって即答じゃん。えっ、とか、はあ……、とか、ほえっ、とか余計な間投詞があったにせよ」 「いや、だから違うだろ。岡田くんが危ないヤツじゃないことを、これまでの付き合いで知っているから、お試しとしてで……」 「ま、それならそれでもいいや。明後日の日曜日、付き合ってくれ」 「え~と、日曜日は今のところ予定がない」 「朝九時にS駅の改札で……」 「いいけど、どこに連れて行く気なのよ」 「山の中」 「何、それ。身の危険を感じさせるような場所と言い方」 「……の美術館」 「んもう、一気に言えよ」 「……に彫刻を見に」 「岡田くんは彫刻が好きなの」 「いや。でもちょっと訳アリで」 「その訳は……」 「明後日話すよ。美術館で」 「すっきりしないな」 「ところで、おまえのこと律子って呼んでいいか」 「いきなり名前を呼び捨てかよ。でも、おまえ、よりマシか」 「いいかな」 「せめて、さん、をつけてみたら」 「では律子さん、ここで立ち話していては周りの人たちのお邪魔になりますから一緒に帰りませんか」 「気持ち悪いな。わかったよ。呼び捨てでいい」 「じゃ、律子、帰ろう」 「いや、ちょっと待て。岡田くんはそれでいいけど、わたしは何と呼べばいいんだ」 「ウチの親は笙と呼ぶが……」 「わたしは岡田くんのお母さんかよ」 「それなら、好きにすればいい」 「うーん、そうだな。では岡田笙にする」 「あのさ、おまえな」 「いいだろ、岡田笙」
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