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「どうも様子がおかしいのです」  湊の思考を遮るように、今度は茶色い瞳をした兵士が湊の首筋に長剣をあてがった姿勢のまま上司らしき連隊長とやらに進言した。ブルーの眼をした男がダニーなら、こちらはスティーブと呼ばれたほうだ。 「あたりをキョロキョロと見回したり、クリステリア城を見て驚いたり……。身なりもこのとおり、この国では見かけない装いです。髪も黒、瞳の色も……」  スティーブが言い終えるのを待たず、連隊長は右の手で腰に提げた長剣の黒いグリップを握る。部下が口をつぐむと同時に、彼は革製の鞘から勢いよく剣を抜き、切っ先を湊の喉もとへ突きつけた。  いっそう目つきの鋭くなった彼の瞳はただ湊だけをにらみ、よく磨かれた両刃の剣が太陽の光を映してきらめく。まるで彼が呼び込んだかのような冷たい風に頬をたたかれ、湊は生唾をのみ込んだ。  やばい、殺される――。  瞬間的にそう感じた。なのに、足に力が入らない。  あのときの、突発的に湊を刺した少年のおびえたような眼差しとは全然違う。目の前に立つ男の瞳は、何人の敵を殺そうと平気な顔をし続けていられる、そんな冷酷さをありありと映している。  心が底知れない恐怖に侵食されていくのを感じながら、しかし湊はぴくりとも動くことができず、死を覚悟した。あのときとは違い、今度は間違いなく死ぬと思った。 「剣を収めろ、スティーブ」  けれど赤い眼の上級兵士は、湊に剣先を向ける姿勢を崩さぬまま部下に短く指示を飛ばした。 「この者は私が引き受ける。おまえたちは捜索を続けろ」 「よろしいのですか」  スティーブは湊の首から剣を離さず声を上げる。 「今すぐ捕らえてご報告すべきでは」 「これは命令だ、スティーブ。行け。捜索を続けるんだ」 「はっ。失礼いたしました」  脱兎のごとく、二人の兵士は湊たちの前を離れる。残された湊はすっかり腰を抜かしたまま、迷いなく剣先を湊の喉もとへ突きつけてくる上級兵士と対峙した。  言葉が出てこず、湊は瞳を揺らして男の立ち姿を仰ぎ見る。盗みなんて働いていません。ファイアローズなんて知らない。そう言わなければ首を()ねられる状況なのに、うまく息を吸うことさえままならない。  情けないな、刑事のくせに――。  万事休す。そう思って腹をくくった湊だったが、帽子の隙間から美しい銀髪を覗かせる上級兵士の握る剣が構え直されることはなく、それどころか、思わぬ方向へ剣先が動いた。
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