パフェのある構図

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 結婚して一年、美咲が妊娠したのだ。  美咲のつわりはかなり酷かった。何を食べるにもくんくんと匂いを嗅いでは眉をひそめ、口に入れてもすぐに吐いてしまう。  なんとか彼女のつわりを和らげようと、僕はサプライズを考えた。つわりの時にフルーツを好む妊婦は多いようなので、フルーツパーラーナガノのパフェを持ち帰りしたのだ。  これが大失敗だった。  その日は会社を一時間早退して、ナガノに寄ってパフェを二つ買った。苺の季節ではないので、おすすめの季節のフルーツパフェにした。カップの中では、ブルーベリーやイチジク、さくらんぼがひしめき合っている。急ぎ足で家に向かう、パフェの入った紙袋から立ち上がる甘い香りが、ふんわりと僕の鼻をくすぐる。  家に着くと、美咲はソファでぐったりと横たわっていた。 「ただいま、どう具合は?」 「昨日よりは、ましかも」 「ご飯、食べた?」 「ううん、まだ……っていうか、要らない」  僕は紙袋からパフェを取り出すと、美咲の前に置いた。 「じゃあ、これなら食べられるんじゃない?」  美咲は一瞬だけ目を輝かせたが、すうっと表情をくもらせた。初めてカブトムシを見た子犬のような警戒心でパフェに近づき、くんくんしながら生クリームの付いたブルーベリーを口にした。 「……んっ! やっぱ、ダメ」  美咲は、トイレに駆け込んだ。くぐもった嘔吐音を聞きながら、僕はパフェを急いで片付けた。テーブルを拭いていると、美咲が出てきた。 「ごめんな、大丈夫?」  美咲は力なく僕の背中を撫でると、そのままソファに横になった。  生クリームがダメだったんだろうか。フルーツの盛り合わせにしておけばよかったろうか、などとあれこれ考えながら、余計なことをした自分に腹が立った。  結局、自分が食べたかっただけなのかもしれない。僕は手をつけていない自分用のパフェと美咲の食べられなかったパフェを紙袋に戻すと、ゴミ箱に捨てた。
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