ラスト・テレフォンに始まる・・・

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 ――これが最後の電話になると思うの、だって、わたしってもうじきこの世とおさらばしようと思っているのだから――  そんな電話を、ミリコからもらったトサコは、ああ、そうなのね、それは災難ね、まあ、とにかく元気でいてよ、と言って、自分から電話を切った。それしきのことをあっけらかんと言えたのは、ミリコから、〝もうじきこの世とおさらばよ〟、それしきの電話が掛かって来るのはしょっちゅうであったからだ。  電話を切ったトサコは、しかし、すぐさま、ミトコに電話を掛けて、これこれしかじか、ミリコからいつものごとくの自殺予告電話が掛かってきたのだと伝えた。 「気にすることなんてないよね。いつものことだもの」 「まあ、そうだけど、こんどだけ例外であったという可能性も……」  心配性のミトコの声はひたすら暗く、あら縁起でもないとトサコは電話を切った。 切られたミトコはすぐさま、カリコに電話を掛けた。 「思わない? 例外なんてものじゃなくって、今度のこんどは、ホントのホント。だったら、怖いわ」 「あんたが一人で心配したってねえ」  楽天家のカリコは、アハハと笑って、電話を切るのだったが、口ほどでもなく気弱なところもあって、ウトコに電話を掛けて自分の不安と伝えた。 「あんたが、やっぱり一人で心配したってねえ」  やっぱり楽天家のウトコは笑って応対したが、根はやっぱり心配性の所があって、 「まあ、とにかく様子見に行ってみようかー」と誘いを掛ける。 「みんな、揃ってさ。そうしようよ」  そんなこんなで、トサコ、ミトコ、カリコ、ウトコと総勢4名で、ミリコの家に押し掛けることにした。  短大時代の仲良しグループ、トサコとミトコは卒業後5年が過ぎた今もOL生活を送っており、カリコとウトコは結婚しているが、子供はいない。  就職もせず親譲りの家で、ゆったり暮らしているミリコは、まあまあ、皆さんお揃いで、と仲良しさん達を迎え、まあ、お寿司でも取るから、満腹になるまで食べてってよ、と気軽に笑った。 「あ、あんた、もうじきこの世とおさらばって、その話はどうしたのよ」  トサコが詰め寄ると、まあまあと鷹揚に手を振って、 「どうもこうも、おさらばはおさらばよ。着々と準備を進めているのよ」  とまた笑う。  やってらんないわと呆れる一同に、 「ウソじゃないわよ今度は」  とミリコはいくぶん真面目な顔付になって、 「だから、出前のお寿司なんてのをお腹いっぱい食べたりするのじゃないの。ほら、最後の晩餐とか言ってさぁ」と言った。  まもなく出前の握り寿司が、本当に届けられる。  ありがとうございましたぁと元気な声で寿司桶を届ける出前の若い衆に、ミリコは、これ、お駄賃ねと図書カードの一枚など手渡し、またねーと陽気な声。 「あんた、気前がいいのね」  キトコが感心すれば、 「あら、ほんのお愛想よ。袖振り合うも他生の縁ってね」  とミリコは大げさなことを言い、にっこり笑ってお寿司を届けるあの青年にじぶんは好感を抱いている、抱いてきた、だから、この世とのおさらばついでに、最後の晩餐に当たっても、あの青年からお寿司を届けられるというのは何だか縁起のいいことなのだと、全く何だか訳の分からないことを更にも言ってのけ、好感と言えば、あの若い衆の勤めるお寿司屋の主人は、この自分を好いていて、店のカウンターでお寿司をつまむ時も、飛び切りのおススメのネタを載せたにぎりを、1カン2カンとサービスしてくれたりして、そのたび、あ、このまま行くと、プロポーズなんてされちゃうかな、でも、そんなことされても、主人は何年か前奥さんを亡くして、小学生の子供が2人、もし結婚でもすれば、この出前持ちの青年は、自分のことを奥さんと呼び、わたしは彼のことを、彼が太郎という名前なら、タロちゃんなどと呼び、そのうち、えへへと色目など使ったりもしてやって、タロちゃんのおどおどした反応を楽しむ、そんな困ったおかみさんになりそうな気がするわ、とやっぱり何だか訳の分からない長広舌をふるう。  一同呆れて、話を聞いている。 「あ、あんた、死ぬの生きるのの話はどうなったのよ」  右代表の構えでトサコが訊けば、それはそれこれはこれとミリコはうそぶき、またアハハと笑ってビールを一堂に勧め、あんたたち、今日は泊っていきなさいよ、一晩中、何だか面白おかしくおしゃべりなんてしようよ、なんたって、最後の晩餐の夜なのだからねえ、と囃し立てる。  やってらんないわよ。トサコもミトコもカリコもウトコも揃って頷き、ビールをぐいと飲み、にぎり寿司をパクッとやって、じゃあねとミリコの家を去った。  だが――そそくさと帰宅してしまった一同は、程なく後悔の念を抱えることになった。  三日後、ミリコは言葉通りに自ら世を去った。 いつものお寿司の注文を届けに来た寿司屋の出前の青年が自殺者の第一発見者となった。 〈コレから、ワタクシは死にマスので、その折には、こちらのヒトにまずはご連絡を〉と電話番号の記された紙きれなんぞを、ミリコは握って息絶えていた。  こちらのヒトとは、トサコのことで、青年からの電話を受けて急の訃報に眩暈を感じる余裕もなく、トサコは後の始末に追われた。青年の呼んだ救急車によって救急病院に運ばれた自殺者の死亡の確認がなされると、近親者のいない死者が頼れるにんげんは、仲良しグループのリーダー格であるトサコの他、いなかったのである。 「ホントにやっちゃったのねえ」 「ホントにねえ」 「いい度胸だわ」 「でも、困った人ね」 「やっぱり、悲しいね」  トサコから召集を受けたミトコ、カリコ、ウトコはそんな会話を交わし、血のつながりなどある身内でもないのに、火葬場まで足を運び、骨を拾った。  ところが――。  ミリコの四十九日が過ぎる頃から、不思議な悲劇が続けて起こった。 つまりは何としたことか、仲良しグループの面々も次々、あの世へと召されることになったのである。まず、ミトコが交通事故死、次にはカリコがアパートの隣人の火事の巻き添えを食う、ウトコは頂き物のキノコに当たっての中毒死。 あらあら、わたし一人が生き残っちゃったと呆然とするトサコも、休日の散歩途中、通り魔の犠牲となり、あれあれと仲良しグループの面々は、あの世での再会を果たすことになった。 「ようこそ。皆さん」とミリコが笑って迎えれば、何だかワケ判んないうちにこんなことになっちゃったわね」とトサコ他一同は全く訳の分からない顔をして、あの世の住人となっている。 「あんたの言ってた最後の晩餐ってのは、ホントのことだったわね」 「そうよ。でも、こうして、また、仲良しのみんなが顔をそろえることになったのだから、死ぬのもわるくないってね。まあ、また、ナンダカンダと仲良くやっていきましょうよ」  ミリコから景気付けのような言葉をガンガンと貰うと、一同も何となくそんな気持になり、さっそく、まずはと冥界では些かなりとも先輩格のミリコが、言い出しっぺになっての食事会が始まる。 「まいどありー」と間もなくの声がして、にぎり寿司を届けてきたのは、なんと、あのお寿司屋の青年である。 「あ、あなたも、死んじゃってたの?」  驚く一同に、「え、さあ、どーっすかね」と苦笑いをするばかり。青年に、ミリコが助け舟を出す。 「この人は死んでいないの。でも、お得意さんだったわたしのお願いを聞いてくれる、そんな手はずになっているの。つまりは、この世もあの世も住めば都ってね」  また訳の分からないことを言ってのけるミリコに、一同は呆然としながらも、こうして、死んでしまったからにはこんな不思議なこともフツーに起こってしまう、それが冥界というものなのだろうかと妙な納得の仕方をするしかないようなのだった。  しばらくの時間が過ぎる。冥界における時間の流れをいうものは不可思議だった。 ヒト息に老けるかとおもえば、ひと息に若返る。若返るかと思えば、またイッキに老ける、また若返る、また老ける。 「ほらね、なんだか、楽しいでしょ、こういう感じ」と先輩格を気取るミリコは、肩をそびやかして、一同に笑いかけ、そうされると、一同も、まあと頷いてみせるような顔になるしかない様子。 「こうして、老けたり若返ったりを繰り返しているうち、わたしたちは、この冥界での永の寿命というものを与えられるのよ」  我が物顔のミリコは、自信たっぷりに皆を諭し、さてさてというぐあい、ラジオ体操の真似事などしたあと、〝不死鳥〟という名前の鳥が運んでくる食事をガツガツと食べるだけ食べる。 「不死鳥ちゃんよ、皆の者のお食事はどうしたの?」 「はい、すぐさま、お運びいたします」  そんなシーン一つをとっても、ミリコは何やら冥界の女王様のようなのであり、いつの間にやら、トサコ以下、息を揃えてゴキゲン伺いをするような構えになっていくのであった。 「な、なんだか、コレッて、納得できないような成り行きだけど、仕方ないのかしら」 「まあ、冥界では新参者のわたしたちなのだからねえ」 「それにしても、態度でかいわね、ミリコは」 「だから、仕方ないのよ。あのヒト、センパイなんだから」  そんな会話を交わしている間にも、冥界での時は過ぎ、もう、どれだけこちらの世界の住人となっているものか、トサコもミトコもカリコもウトコも全く訳が分からない。  ところが、ところが――。  皆の様子を尻目に、ミリコはある日、突然のお別れ宣言をしてみせた。 「皆さん、お元気でね」 「どういうこと? あなた、何処に行くの?」 「何処って、ちょっと旅に出掛けるだけよ」 「だから、何処によ」  うふふとシタリ顔で笑うばかりのミリコは、まあ、新婚旅行ってやつかしらね、と皆をケムに巻く。 「何処の誰と結婚するのよ」 「わざわざ、訊かないでちょうだい。ほら、もう、やって来たわ、わたしのハズバンド」   「まいどありー」と透かさずの勢いで陽気な声を張り上げながら、顔を見せたのは、あの寿司屋の出前の青年である。スキップを踏むような軽やかさで、大盤振る舞いの寿司桶を皆の前に置いて、 「さあ、皆さん、どうぞ、召し上がって。おごりですよ。僕達からの」 「ぼ、僕達って」 「ええ、僕達、なんデスヨッ」 「とゆーことは、つ、つまり」 「そーです。ミリコさんと僕は、本日より……」 「ご夫婦かよー」 トサコ以下、あきれ顔の一同に、祝い酒もどうぞと杯を勧める青年を、ミリコは目を細めるだけ細めて見ている。 「お寿司にお酒、こんなお披露目、そう、披露宴っていうのもなかなかだわね」  気が付かないうち、全く晴れの宴の招待客となり得ているみたいな自分達は、滑稽だろうかとヤケ気味ににぎり寿司をパク付き、盃の先を飲みに飲むうち、一同はすっかり満腹&酩酊して、いつの間にやら、眠りこけていた。  目を覚めると、当然ながら(と言うべきだろう)〝新婚夫婦〟のミリコと青年はいなかった。  置手紙が一通。 〈あんまりさぁ、皆さん、気持よく眠っているみたいなので、何も言わずに、新婚旅行に行ってきまーす。夫はまだ死んでいるわけでもないので、あちらの世界へとわたくしも同伴気分で、逆戻り。サバサバと娑婆の空気を、もういちど吸ってまいりますよって感じかしら。おみやげ、なんてのを楽しみにね、と言いたいところだけれど、さあ、どうかしら。こっちへと舞い戻ることが本当にあるのかしらね。自分でもわからないけれど、ハイハイあとの気分は風まかせ。 〝これが最後の電話になると思うの、だって、わたしってもうじきこの世とおさらばしようと思っているのだから〟――そんな電話を、トサコさんにわたくしミリコは掛けさせてもらったものだけれど、あらあら、事の成り行きとは不思議不可思議なもので、こんな手紙を書いてる自分が面白くもおかしい。 じゃあ、皆さん、さよなら、サヨナラ、また逢う日まで、ホントにホントに、お元気でねッ〉  回し読みをしながら、トサコもミトコもカリコもウトコも揃って、溜息を付いた。途方もない長い時間、続いて途切れないほどの深い深い溜息だった。 「お元気で、なんて言われてもねえ」 「どういう気なのかしら、あのヒトって」 「お元気も何も、そんなこと、一度死んじゃってるわたしたちに言われたってねえ」 「でも、凄いことをやってのけているのも確か、かもね」 「そう、一度死んじゃったはずのヒトが、ああやって、またナンダカンダとあちらの世界へと舞い戻っていったんだものね」  言葉を交わしながら、一同はいつしか、羨望のまなざしを宙の何処やらかへと漂わせていた。溜息がまた、重なる。幾重にも重なったところで、不意に電話が鳴った。 いや、これは電話の音だろうか。こちらの世界では誰も、携帯電話など持ってはいられないのだから、それは空耳であったのか。しかし、確かになっている。声さえ、やがて、聞こえてきた。 〈これが最後の電話になると思うの、だって、わたしってもうじきこの世とおさらばしようと思っているのだから……〉  息を洩らせば、途切れてしまいそうな声に、トサコもミトコもカリコもウトコも縋る。 〈待って、待って、切らないで〉  縋るだけ縋っていれば、自分達にもヨミガエリの奇蹟が訪れる……信じて疑わない一同に、うふふと誰の者とも知れぬ声音が届き、消える。消えて、辺りは人っ子一人しない静けさに満たされた。  そのうち、「まいどありー」とヒトの口真似をする不死鳥が1羽、飛んでくるのだが、そのくちばしには出前の寿司桶など咥えられているでもない。  まいどありー。もういちど繰り返して、何処へともなく飛んで消えていくのを、一同は見送ることしか出来なかった。
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